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 昨年9月に可決成立した安保法制では改憲派と護憲派の間に大きな溝が生じました。改憲派は右、護憲派は左と言われますが、既に日本では左翼と右翼って、はっきり言ってもうどうでもいいことなのかも知れません。もうどの政治家も左翼的なところもあれば、右翼的なところもあります。これ、国によっても右翼、左翼の定義は変わってくるのですが、日本の場合にあてはめて考えていきたいと思います。。

 まず右翼のことを保守、左翼のことを革新とかいいます。。保守というと何かを守るイメージがありますね。何を守るかと言えば、昔からの価値観を守るということになります。革新というのは、新しいことをやろうというイメージがありますね。

保守は、人間にとって大事なもの普遍的である。と信じることです。

革新は、人間はどんどん進歩出来るから人間にとって大事な価値も変わっていくと信じること。

と理解して下さい。 ここで気づいた人もおられると思いますが、、どちらもそれぞれの考え方を「信じている」というポイントが重要です。。人間は気づく気づかないに関わらず、何かを必ず信じています。いや、ぼくは何も信じない、ちゃんと論理的に証明されなければと言う人もいるかもしれませんが、この人は論理の力を信じています。
いやいや、何も信じないと言う人もおられます。でもこの人は世の中何も信じるられるものはないということを信じていますね。。笑い話みたいになってきました。。だから保守を信じる人、革新を信じる人はどういう考え方になっていくかというと。

保守の場合、日本は伝統的に天皇中心に国が成り立ってきたから、これからも天皇のために一致団結して国を守っていこう。国が危機の時には命がけで国を守るために闘おう。という論理です。。

革新は、人間1人1人自分の人生を生きる権利がある。国のためではなくて1人1人自分のために生きるほうがいいという考え方です。

はっきりいって、どちらもそれなりに信じるところに従って筋は通っています。だから互いに議論してもどちらもそれなりに正しいからどこまでも平行線になってしまうという訳です。

聖書ローマ人への手紙1章17節には

その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。(新改訳)

そして、コリント人への手紙第一2章14節には、

クリスチャンでない人は聖霊様が教えて下さる神さまの思いを理解する事も、受け入れることも出来ません。。(リビングバイブル)
 クリスチャンとはイエスキリストを信じる人のことです。。信じる人にしか理解できないなんて、都合がよすぎるなんて思うかもしれませんが、私達の住む日常生活も信じることから始まっていることばかりなんですよね。

 世の中、信じないと理解に進まないんです。