生活に神を

世界は辺境から変わる!

日本の片隅に生きる名もなきクリスチャンの徒然

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2019年09月

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先月、フランスで行われたG7先進国首脳会議で、


アマゾン大火災に対して総額21億円の資金供与が決まりました。



これに対してブラジル・ボルソナロ大統領は、



ブラジルを植民地化する意図があるのではないかと



多大な疑念を持っています。



特にG7議長国であったフランスのマクロン大統領との間に、



軋轢をもたらしています。



ポルトガルの植民地として、その歴史が始まったブラジルは、



欧米列強との闘いの歴史を過ごしてきたとも言え、



彼らへの根強い不信感があります。



私は今こそ、日本の出番なのではないかと思っています。



ブラジルは世界最大の日系人コミュニティーがある国として、



日本に対して非常に好意的な国です。



ブラジル人が尊敬する国は、ドイツと日本と言われています。



そして、日本もブラジルに対して大変な恩義があります。



20世紀初頭の日本国内の農村の疲弊そして貧困の解決策として、



海外移民が奨励されました。



そして受け入れてくださったのがブラジルです。



移民した多くの日系人の方々が筆舌に尽くしがたい苦労を重ねたものの、



ブラジルの方々も移民してきた日系人に対して



援助の手を差し伸べてくださったようです。




そして、日系人の方々の勤勉さ、誠実さが



ブラジルでも受け入れられ、そして日系人だけではなく



日本に住む日本人までも尊敬されるようになったのです。



ブラジル人の皆さんは日本に対して特別な感情を抱いています。




ですからブラジルが苦境に喘ぐアマゾン環境保全問題に対して、




独自に手を差し伸べるべきではないでしょうか?




欧米とブラジルの間に入って、



ブラジルの懸念を払拭するような仕組みを構築できるのは




日本の役割ではないでしょうか?




世界第3位の経済大国としてできることがあると思います。




イランとアメリカの仲介に乗り出しましたが、



イランは中東という民族的、宗教的な複雑な地域事情を抱え込んでいます。



日系人が多数住むブラジルから信頼されている日本であるからこそ



できることがあると思います。




安倍総理!いかがでしょうか?






 
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このシリーズも第3回に入りました。前回は、落ち目になったオスマン帝国がヨーロッパのシステムそして文化芸術も帝国内に浸透していったことを見てきました。


オスマン帝国のジリ貧状態の真っ只中の19世紀、ヨーロッパとイスラム諸国との交流は活発化します。



そしてイスラミックアートの存在が徐々にヨーロッパの展覧会などを通して浸透しました。



イスラミックアートの中でも、特にペルシャ芸術がトルコやアラブ以上に人気を博しました。


ペルシャはもともとアーリア人と呼ばれた人たちの地で、



ヨーロッパと同じインド・ヨーロッパ語圏に属しています。




文化的な共通点があったからなのでしょうか?



ペルシャ芸術はエキゾチックで風変わりな存在から、




最高傑作の芸術作品として認められました。




正直、なんでペルシャ芸術が特にもてはやされたのか?



定かではありません。ですが、



事実として多くのヨーロッパ人を引きつけたのはペルシャ芸術でした。




ペルシャ芸術をはじめとしたイスラミックアートが



ヨーロッパ人の憧れに近い対象として影響を与えたようです。



さて、19世紀以降イスラミックアートはどうなっていくのでしょうか??



つづく





参照: カローステ・グルベンキアン美術館ホームページ  https://gulbenkian.pt/museu/agenda/o-gosto-pela-arte-islamica/
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キリスト教は、「イエス・キリストを信じれば救われる。」の一言で完結すると言えます。

シンプルイズベストとはキリスト教のためにあるのではないでしょうか。と思わず書きたくなります。。書いてしまいましたけどね!

キリスト教では修行は必要ありません。だからちょっと不安になるんですよね。信じてるつもりなんやけど、ほんま救われてるんか?と感じてしまうんですね。

修行を乗り越えて、悟りに達するほうが、なんか逆に達成感からでしょうか、救われてる感を感じられるかもしれません。

聖書には、その不安にも答えが書かれています。

第一ヨハネ3章18節に、「行いと真実をもって愛しましょう、」とあります。

そしてその後に、ちょっと不思議なことが書かれています。

「たとえ自分の心を責めたとしても安らかでいられます。」

18節には、続いて「そうすることによって・・あなたがたは真理に属していることがわかります」となっています。行いと真実をもって愛することによって救われているかどうかわかる。と言っています。

それを受けるかのように、「たとえ責めたとしても・・」と展開していることになりますね。

行いと真実をもって愛するとは、ちょっとハードルが高いんですね。なかなか出来ることではありません!よね。

「たとえ責めたとしても、」は「たとえ行いと真実をもって愛せなくても、」の意味合いではないでしょうか。

何で、あえて「たとえ責めたとしても、」と書いてあるのでしょうか?

「たとえ行いと真実をもって愛せなくても、」のほうが分かりやすいと思うんですよ!どうですか?

この部分もう少し見てみます。

「たとえ自分の心が責めたとしても、安らかでいられます。神は私たちの心よりも大きな方であり、すべてをご存知だからです。」となっています。

神様は、イエス様は、信じた後にも不真実な行いをしてしまうあなたであることを知っているんですね。  



「たとえ自分の心が責めたとしても、安らかでいられます。」は、「わたし(神様)はあなたを責めないよ」とおっしゃっているんです。。
過去の行いも未来の行いも既に赦されているんだよ。と言うことなんです。

救われたら良い行いが出来なければ救われていない。と言うことは決してないんですね。

もう凄い憐れみですよね!🌠言葉がありません。信じていれば、それだけで救われているんです。

もう自分の一生涯の罪が赦されていると思うと安らかになりませんか?☺
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各国政府に気候変動への対策を講じさせるために授業をボイコットしているスウェーデン人のグレタ・サンバーグさんのニュースが日本でも報じられています。。。

最近、飛ぶことは恥という意味のスウェーデン語でflygskam(フライグスカン)や、買うことは恥という意味のköpskam(コピスカン)という新語が登場してるんだそうです。


気候変動問題は、本当に既存の経済活動を大きく大きく変える可能性を秘めてますね。。

今日は短くてすいませんね。。


参照:ラジオ・フランス・インターナショナル
http://br.rfi.fr/europa/20190829-linha-direta-como-os-suecos-estao-adotando-cada-vez-mais-um-comportamento-de-consumo







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