ぺかどおる(もと簡潔!ラテン新聞)

地球の裏側にあるブラジルから見た世界は一体どうなのか。ブラジルニュースサイトGOSPEL PRIMEの協力により翻訳記事を提供出来ることになったことがキッカケでブログ始めました。 私はポルトガル語を勉強するクリスチャンですので、ブラジルとキリスト教を通して国際政治、経済、社会を見ていきます。そして合わせて展開するポルトガル語サイトを通してわかった海外アフィリエイトのやり方もお知らせしていきます。

2016年06月


聖書に従うとは、ノアやエノク、ダビデのように、いつも御言葉(聖書のことば)を心に思い巡らしながら過ごすことだと思っています。







アフリカのキリスト教史は、目からうろこ的なことが結構あって面白いです。。そしてキリスト教についてもより理解できる内容になっております。500円ですべての内容をご覧いただけます。いまのところ月額制ではありません。
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アメリカ・フロリダ州オーランドで今月12日に発生した銃乱射事件の後、



アメリカをはじめとして、福音派、その中でも特に原理主義的なクリスチャンを批判する論調がメディアやSNSなどで目立ち始めています。




ACLU(アメリカ自由人権協会)所属のチェース・ストランジオ弁護士は、



右派系クリスチャンは、ここ半年で200にも及ぶ反LGBT法案と反イスラム教主義者を生み出し、その結果、LGBTに反対するイスラム教徒に襲撃されるという何とも奇妙な結果をもたらした。

とキリスト教右派への批判を強めています。


IS(イスラム国)は、事件の前の今月9日に、テロを起こす地域や国のリストを公表し、フロリダについては特に重要なテロの標的であることを示唆していました。


今回、同性愛者が多く集まる場所を狙われました。



同性愛者については欧米、特に保守的キリスト教徒が多い国では論争の火種になるトピックであり、キリスト教保守派、キリスト教右派、原理主義者などと言われる人々も同性愛を認めておらず、今回のような事件を起こすことで、より大きな分断を生み出す意図も感じられます。

そして、イスラム教でも同性愛は一般的に認められていません。


イスラム教が多数派を占める主要国の中で、少なくとも10か国では、シャリーアと言われるイスラム法に基づき、同性愛者は処刑されることになっているなど、決して一部の過激派イスラム教徒の考え方ではありません。



イスラム教とキリスト教について改めて整理したいと思います。



イスラム教とキリスト教、そしてユダヤ教は同じ神を信じているという考え方があります。


が、これはかなり乱暴な見方です。厳密に言うと違います。


キリスト教の神は、父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊からなる神です。これを三位一体の神と言います。


イスラム教の神はアッラーで、キリスト教での父なる神に相当します。


ですが、イエス・キリストと聖霊は認められていませんので、同じ神であるというのはいささか乱暴な見方でしょう。


キリスト教から見ると、神は父なる神、子なる神(イエス・キリスト)、聖霊という3つの存在が揃って唯一の神ですから、アッラーだけが唯一の神としているイスラム教とは違うといったほうが正確です。



そして、


この違いが、互いの信仰形態、生活スタイルにも大きな違いを生んでいます。



キリスト教ではイエス・キリストが人間の罪の身代わりとして死んでくださり、甦られました。

人間に求められているのはこのイエス・キリストを救い主として信じることだけです。

そして信じるものには聖霊様がともにいて下さり、信じる者の人生いっさいを見守り、導き助けてくださいます。


しかし、イスラム教では、キリストも聖霊もいませんから、人間が努力して、神様の戒めを守っていく必要があります。

だから、イスラム世界では、戒めを守るために服装や食べ物が規定されるだけでなく、さまざまな戒律が日常生活に浸透しているのです。



キリスト教は、信じることのみですから一切の戒律から解放されています。




これを踏まえたうえで、同性愛についてのイスラム教、そしてキリスト教の考え方を見ていきたいと思います。


まず、キリスト教では旧約聖書で、イスラム教でもコーランに基づくシャリーア(イスラム法)で同性愛を禁じています。


イスラム教では、人間は努力しなければなりません。ですから同性愛にならないように頑張らなければなりません。努力しないのであれば罰せられます。努力できないのではなく、努力しなければならないのです。義務です。
だから処刑されることになります。




一方、キリスト教では、人間は努力は出来ないので、キリストが代わりに処刑されたのです。イエス・キリストが身代わりに処刑を受けてくださったのです。イエスさまを信じることによってすべての罪が許されます。同性愛だって赦されます。だから、同性愛者を直接責めることには意味がありません。責めたところで所詮人間ですから、努力できませんしそう簡単にやめることは出来ません。

キリスト教で重要なことは、イエスキリストを信じることだけです。すなわち、イエスキリストとひとりひとりの人間とが信じることによってつながる、コミュニケーションをとることがすべてです。


ですが、一部のクリスチャンは、旧約聖書に基づいて同性愛を認めないことを強く主張しています。


このようなクリスチャンにも、わたしが気づいていないような根拠を持って同性愛を認めない主張をされている可能性もありますので、わたし自身がこのような人を責めることは出来ません。






キリスト教は、イエスと人間がパーソナルに自発的につながることがすべてですから、イエスとの関係をほかの人に強制させることも意味がありません。個々が自発的に繋がることが求められています。

たまに、クリスチャンがイエスキリストを押し付けてきてうざい。。



という声を聴きますが、押し付けているのであれば、気にする必要はありません。いやなら断ればいいだけです。イエス様との関係があまりに素晴らしいものだから、力余って押し付けているようになっているのかもしれません。。。


でも、イスラム教は正しい行いをすることがすべてで、その正しいことは人間全てにとって普遍的であると考えます。実際のところコーランには、イスラム法(シャリーア)が全世界を治めるべきであると書かれています。(Sura 2: 190-193)*Suraは章の意味。


引用&画像

GOSPEL PRIME
https://noticias.gospelprime.com.br/editorial-midia-igualar-isla-cristianismo/

































 

ロシアの政府系メディア、スプートニク・ブラジル版が伝えたところによると、

今月22日水曜日、日露平和条約締結へ向けた交渉が東京で行われると岸田外相がメディアに話したいうことです。


岸田外相によると、ロシア側からはイゴール・モルグロブ外務次官を中心とする代表団が出席し、日本側は原田前駐ロシア大使率いる代表団が対応するとしています。



スプートニク・ブラジル版には、北方領土に関して、日本は1855年の日露通商条約を根拠に択捉、国後、歯舞、色丹の4島の領有権を主張しているが、ロシアは第二次世界大戦後はロシア領であって、ロシアはこれについて一切妥協しないと述べられています。



このニュース

外務省ホームページには。。




今までの発想にとらわれない「新しいアプローチ」で交渉を精力的に進めていく

と記されています。。

そして、スプートニク・ブラジル版には北方領土の交渉内容が具体的に書かれています。。



でも、書いていいのかなあ。。僕ごときが書いても問題ないんでしょうが。。やめときます。

どこかに出てるかなとサイトを検索するも、、日本語では出てないんですね。


一応


ヒントは明治維新です。。



飯山一郎さんがさかんにおっしゃていますが、、本当にそうなっていくのかなあ。。


こうなったら、ブラジルに移住するしかないかな。。


画像:パブリックドメイン

 

エチオピアの女王カンダケの宦官が、西暦36年にキリストを受け入れてからの足取りについて、私が調べる限り、、いまのところわかりません。


ただ、少なくともその後、宦官の母国メロエ王国にキリスト教が普及していった形跡はありません。


エジプト地方では、福音書の記者マルコによって伝道活動が活発化し次第にクリスチャンが増えていきましたが、エジプトのクリスチャンの著作物にもメロエ王国でのキリスト教については何も記載されていません。


メロエ王国は引き続き異教徒国家としての歩みを続け、350年に滅亡しました。

そして、時代は6世紀まで進みます。

この時代には、かつてメロエ王国のあったスーダンとエジプトの国境付近には「ノバティア」「マコリア」「ドンゴラ」という3つの王国がありました。

これらの国々と接していた東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス1世は、彼らが侵入してこないように、友好関係を築こうと模索し、キリスト教の布教を開始することにしました。



皇帝ユスティニアヌス一世

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皇帝ユスティニアヌス1世にはテオドラという奥さんがいました。彼女もクリスチャンでしたが、皇帝とは異なる信仰を持っていました。。


皇后テオドラ

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当時の東ローマ帝国では、イエス・キリストについて2つの考え方がありました。


一つは、ニ性一人格論と呼ばれる考え方です。これは、

キリストは100%神であって、100%人であるというもの。

100%神で100%人なんて理屈ではありえないんですけどね。


この考え方は、現在のローマ・カトリックやプロテスタントで受け入れられています。私もこの考え方ですね。


ここが、キリスト教のおもしろいところだと思ってます!!!


ありえないから、これはやはり人間が生み出したものではなくて、


神様がお考えになって人間に下さったものなんだと私は理解しています。。


もうひとつは、単性論という考え方です。


これはキリストには人間と神が混じり合っているとするもの。


人間+神=イエス・キリスト


というように数式化できる考え方です。


このほうが、すっきりしませんか?


これありえる話です。でもありえるからこれは結局人間が考えたものなんじゃないかと思うんですよ。。


まあ、私にはどちらが正しいかなんて言う資格はありません。神様が決めることです。私にはわかりません。。が二性一人格論を信じています。そのほうが個人的にはしっくりくるから。。


ところで、ところで、皇帝ユスティニアヌス1世はニ性一人格論者でした。ですが、奥さんのテオドラさんは単性論者だったんです。


このテオドラさんは、女傑として知られています。もともとサーカス使いで娼婦まがいのことをしながら生計を立てていましたが、皇后にまで登りつめたからです。。豊臣秀吉みたいですね。。

テオドラさんは旦那が、ニ性一人格論を布教するのがいやでいやでしょうがありませんでした。


そこで、夫より先に、隠れてジュリアーノという使者を送ることにしたんですね。


ジュリアーノは、ノバディア王国の王に単性論でキリスト教を伝え、見事王様を改宗させることに成功しました。。


そのあとすぐに、皇帝の使いも到着しましたが、、あとの祭りだったということです。


この単性論の考え方をする人たちはコプト派と言われていますが、現在エチオピアや南エジプトなどにコプト教信者が多い理由はこの夫婦のいさかいだったんですね。。

引用:alem-mar.org
http://www.alem-mar.org/cgi-bin/quickregister/scripts/redirect.cgi?redirect=EEuklVVVFAaBytZClF 

画像:パブリックドメイン



Mark_Evangelist



ブログを更新し始めて、9か月ほど経ちました。



クリスチャンとしという視点をベースにしてきましたが、


まず自分自身がいろいろと学ぶことが出来ました。そして日本では情報が乏しいキリスト教の視点は


やはり、とても価値のあるものだと思います。世界には20億ものクリスチャンがいるからです。






日々世界とのつながりが強まっていくいま、この取り組みを今後も続けていくべく、さらに内容を深化させる意味



においてもマネタイズを図っていく必要を感じています。


まずは、こちらの連載について、500円とさせていただきます。



アフリカのキリスト教史については日本語での情報がほとんどありませんのでそれだけでも価値がありますが、


歴史を紐解いていく中で、キリスト教の神髄に触れることが出来ています。。一部をこちらで公開していますのでご覧くださいませ。


内容は随時内容を更新していきます。もちろん500円で今後更新する内容もすべてご覧いただけます。




こちらにブログを書く理由も書かせていただいています。


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