ぺかどおる(もと簡潔!ラテン新聞)

地球の裏側にあるブラジルから見た世界は一体どうなのか。ブラジルニュースサイトGOSPEL PRIMEの協力により翻訳記事を提供出来ることになったことがキッカケでブログ始めました。 私はポルトガル語を勉強するクリスチャンですので、ブラジルとキリスト教を通して国際政治、経済、社会を見ていきます。そして合わせて展開するポルトガル語サイトを通してわかった海外アフィリエイトのやり方もお知らせしていきます。

2016年05月



サグラダファミリア行ってみたいなあ~。。

ぼくはポルトガル語を毎日勉強してるけど、
ゆくゆくはスペイン語、イタリア語、フランス語はマスターしたいと思ってます。
だって、これらの言葉はラテン一家の兄弟ですから似通ってます。一つ マスター出来ればあとは芋釣り式に習得できる(ハズ)でしょ!
だって、九州人も関西人も少しの努力で標準語出来ますもんね。

そして、これらの国々を満喫したいですね。 

それにしても、ヨーロッパの教会はまさに芸術!日本の神社仏閣もそうですね。こういう美しいものを造ることが出来た背景に興味があります。

自堕落な生活からこんな優れた作品は生み出されるのでしょうか?日々の生活にあくせくしている人に出来るでしょうか??ありえないと思います。

NANAさんは、

教会のなかは自然の偉大さが神の力を示しているようで、人間的な支配を全く感じなかった、まるで自然が風で巨大な石を削り出したよう。未完成だということすら美しかった。

と言ってますが、人間を超越した何かを感じ、感動したから出来たのではないでしょうか??

芸術は、一言でいえば唯一無二ではないでしょうか?

決して他人には真似のできないものや行いを芸術というのだと私は考えています。だから建造物や絵画、音楽だけではなくて、抱腹絶倒のお笑い、小説、詩、ダンス、サッカーのテクニック、そして感動を与える映画、ドラマ、ホテルマンの接客、料理などなど誰にもまねできないものや行いのことだと思うんですね。

聖書はいいます。

ひとりひとりのクリスチャンはキリストの体を構成するひとつひとつの器官。

皆さん!自分の体のことを考えてみましょう!どうですか?

口、鼻、喉、耳、髪の毛はない人もいるかもしれませんがWW、爪、目、皮膚、目には見えない内臓、骨などなど、、どれ一つとっても唯一無二です。どれかひとつでも欠ければ重大な支障を来します。

そうです。ひとつひとつの器官は芸術作品。だからクリスチャンもキリストの体を構成する芸術作品です。

それぞれの器官は決して上下関係ではありません。お互いを必要とし連携し合いながら体を維持管理しているのです。それぞれの器官は互いに干渉しません。全て脳に依存し、脳の指令によって働きをつかさどっていますが、器官同士は互いに独立し干渉されない自由な立場です。

そうです。クリスチャンもイエスキリストのみに依存し、キリストのみころろのままに活動します。クリスチャン同士は互いに干渉せず自由で独立した立場で連携します。

如何でしょうか?クリスチャン社会は自由で横並びであることがわかりましたでしょうか?



しかし、、


現実はどうも違うようですね。教会では聖職者と呼ばれる方々が、特にローマ・カトリックでは教皇の権威が強調されているような気がします。プロテスタントでも牧師に信徒が依存している場合も少なからずあります。教会内での分裂や内輪もめもあります。

キリストが十字架に架けられる前に、いばらの冠をかぶせられ、鞭で打たれそして十字架上で釘を打たれ、槍で刺され、体はボロボロになりましたが、今日の教会の姿を暗示しているかのようにも思えます。

私自身反省せざる負えません。多くのクリスチャンをののしり、傷つけました。
聖書の中の聖書と言われる新約聖書ローマ人への手紙がわかりやすくまとめられています。基本に戻りたいときに読む本です。
これだけは知ってもらいたい 平野耕一 プリズム社

 



酒に酔ってはいけません。(エペソ5章18節)

好色、不道徳、他人の妻の横取りなどを‐‐を全く気にもかけていない多くの者を見て、悲嘆にくれるのではないでしょうか。(Ⅱコリント12章21節)

などなど、

確かに「禁欲的」に見えます。。確かに。 

今日はヘブル人への手紙を通してその辺りを考えてみたいと思います。

イエス・キリストにより、御前でみこころにかなうことを私たちのうちに行い、あなたがたがみこころを行うことができるために、すべての良いことについて、あなたがたを完全な者としてくださいますように。(13章21節)

「禁欲」ってなんでしょうか??

性欲、金銭欲、物欲、食欲などの欲望をなんとか自分の力で抑制しようということです。自分の力で、ですね。

でもこの箇所読んでみてどうですか?自分の力ではなくて、

イエス・キリストによってです。

キリストが良いことが出来るように私たちを整えて下さる。と言ってます。

さらに、

すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。(12章14節)

聖められることを、、ってなってます。受け身です。受動態。

はい、イエス・キリストが聖めてくださるから受け身なんです。自分で自分自身を頑張って聖める必要は一切ありません。というか、出来ませんよ。そんなこと。性欲に打ち勝つことが出来る人って、ある意味異常ですよね。。

キリストが全部やってくれるんです。だから我々は全てキリストに任せればいいんです。それでいいんです。

これがキリストを信じるってことです。んでもって、これだけです。キリスト教って。簡単すぎるでしょ!!

ここはキリスト教の実に大事なポイントですから。



聖書を読む時に気を付けなければいけないことは、

文脈(コンテクスト)を意識する

ってことです。キリスト教は禁欲的だと思っている人って、一か所 だけを切り取ってそこだけを強調する人が多い気がします。


そしてそして、キリストにすべてを任せた人には、良い事が出来るようになるだけではなくて、生きていくために必要な物は全て与えてくれます。

何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。・・・しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。(マタイ6章31~33節)


はい。大丈夫です。至れり尽くせり、ディスニーランドより遥かに魅力的じゃないですか??


この理解がないと、、世界を見誤りますよ。。

だから全世界でキリスト教徒が20億人もいるんですよ。今、ヨーロッパへ避難しているイスラム教徒がぞくぞくとキリスト教に改宗しています。。だってディズニーランドよりも魅力的ですから。。その訳についてはこちらもご参照くださいまし。なぜなのかわかります。



キンドル版もどうぞ

個人的には日本語以外の聖書をお勧めしています。。その理由は、こちらをご参照ください。英語などわかる方は是非。

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