
武器を使ったり、武器(火災銃)ビジネスをしたりする人はいいクリスチャンとは言えません。フランシスコ法王
自衛とは権利以上の意味があります。 人の命や共通の利益そして国家に対して責任のある人にとっては義務です。(法王ヨハネ・パウロ2世)
それぞれ全く逆のことを言っているように見えるローマ・カトリックの二人の法王の発言の矛盾を指摘するこの画像の投稿がブラジル右派系サイト「Palódia de opinião」に掲載されています。
これに対する読者のコメントは、
自分は福音派クリスチャンだけど、カトリックの悪口はいいたくない。ヨハネ・パウロ2世のファンだったし。フランシスコ法王はただ、左派系の若者やマイノリティーの共感を得たかっただけでしょう。イスラム教徒をハグしたりするけど、彼はパフォーマーなだけ。大衆から好かれるクリスチャン指導者は信頼しない。カトリックではなく、フランシスコ法王個人を批判したい。
この意見に対しては、
法王は回勅(公文書)という形で声明を出すことが出来るけど、回勅は最終的には公会議で承認されない限り、絶対的なものにはならない。だから声明は絶対的なものではないよ!
法王の権威については、カトリック内部で多くの論争があったようです。でも日本語で「法王」と訳された事実は、政治的指導者としての意味合いがあったことの証拠なのではないかと感じてしまいます。現在、カトリック中央協議会では法王ではなく「教皇」と呼ぶように推奨しています。
要するに法王発言は間違うこともある。ということですね。いわゆる神の使徒としての権威による犯すべからず言葉ではない。法王の言葉として尊重されるけれども、絶対ではない。これは一国の指導者の発言レベルとだいたい同じだと考えていいでしょう。
今回このブラジルサイトの投稿を掲載したのは、人口の半数以上がカトリック信者と言われているものの、最近プロテスタントも人口の3割を占める程に成長している、ブラジル人のカトリックに対する肌感覚を味わって頂きたかったからです。日本の首相に対する様々な批判や弁護の応酬と似ていますね。やはり良くも悪くもカトリックの影響が大きいことがわかります。
引用&画像:
Palódia de opinião



