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水木しげるさんは、恐らくクリスチャンではないでしょう。。しかし、水木さんの「幸福の7カ条」に共感を覚えるクリスチャンは多いのではないでしょうか。

第四条:好きの力を信じる。

好きとは、真心を込める事が出来ることなのではと思っています。聖書には「何事も、まごころを込めて行いなさい」とあります。これは「何事も、どんなことも好きになれる。。あなたの心持ち次第」なのではないかなあ。と感じるのですが如何ですか??

私は、好きな物、事がよくわからない。。ということがよくあります。まず、ここで考えたいのは、自分の今置かれている状況。。環境。能力をよくよく観察することです。ごくごく些細な日常をよく観察すると必ずあります。思いもよらない発見が。思いもよらない心地よさを。その小さな心地よさを味わってみましょう。。一ミナ与えられたしもべが、それを元手に商売をして10ミナ儲けました。このしもべに主人は新たに10の町を支配させて下さったように、神様も、今与えられた状況を喜び楽しむ時に、結果を与えて下さり、そして更に大きな変化を与えて下さいます。。(自分に言い聞かせるつもりで書きました。)

第五条:才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。

結果とは、よくよく考えると自分ではどうにもならないことです。自分で努力して志望した学校に入学した。と自分の努力のおかげだと思いたくなりますが、もし病気だったら、また経済的な状況で努力する環境がなかったら、もし戦争で戦地にいかなければならなかったとしたら、、。。あげればキリがないのですが、ある一定の条件が与えられていたからこそ入学出来たと考えるべきでしょう。努力すら与えられたことだったと理解すべきでしょう。

努力しても自分の思う通りにはなりません。なる場合もありますが、それは神様次第だということです。でも聖書には「何一つ無駄なことはない」とあります。神の国とその義を求める時、全て自分にとって最善の結果を神様が与えて下さいます。

第六条:怠け者になりなさい。

水木さんは、自分の好きな事を心をこめて行っておられたと思います。これに集中された人生だったのだろうと想像します。そして、この第6条は心をこめられないようなことはやるな。。と理解します。

生活のためにあれこれしなければならない。。「しなければ」という義務的な行いって以外と多い気がするんです。でもこんな思いで行動しても、それは雑になり、そして人にも迷惑をかける。。こんな経験を私は何回もしてきました。こんな時は一息つきましょう。第4条に戻って日常の小さなことに目をむけましょう。。
自戒を込めつつ。。

あー。。もう今日はこれまで。。チャオ!世の中、思うより楽しいかも。。

(これらは全て、筆者の個人的な考えです。正当化するつもりはございません。)