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 RELIGIONを日本語では「宗教」と訳すんやけど、、RELIGIONはRELATION(関係)と同じ語源(だったはず?)だから、宗教と訳すのはちと違うような気がする。宗教という言葉から感じるニュアンスは、「学問」であったり「哲学」ではないやろか??

超有名ブロガー、イケダハヤトさんが意味深い投稿をされているが、
ぼくはブッダの教えは、四書五経に近いものだと理解しています。
と、わかりやすくおっしゃってはる。。。日本に深く根付いている宗教である仏教が学問的であるが故に、英語のRELIGIONを学問的なニュアンスである「宗教」と訳したのではないかと思うんやけど、どうでしょ?そやから、本日を持って、RELIGIONは「絆」とさせて頂きます。。勝手に。。別にええやろ?

 さあ、ところでSEALDsさんのメンバーが、
「言えることは、暴力に暴力で返すってのは危険な考えだってこと」。「つらいですよね。でも、そこで踏みとどまらないと。恨みだけではいけない」
というような発言をされて、ネットでバッシングしてる人もいてはります。
http://hamusoku.com/archives/9080756.html

http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/429888/blogkey/1281246/

正直、両方の立場に賛成したいんです。シールズさんのおっしゃる通り、憎しみは危険。恨みが暴力を引き起こす。だから断ち切らんと永遠に繰り返される。。でも、これはあくまで理想ですやん。無理ですよ。まさにジレンマです。。理想と現実にもがき苦しむしかない。。人間に出来るのはここまで。。そうちゃいます?人間としてはここでこの話はおしまい。。そしてこの理想派のシールズさんと現実派の皆さんの間にも新たな論争が生まれる。。 折角シールズさん、平和を訴えておられるのに、その結果新たな敵を作ってしまっているんです。。もうどうしようもない。。昔からこれの繰り返しで、だから昔の人は諸行無常なんて名言を残した。的を得てますよ。。

そして、さっきのRELIGIONの話に戻りたいんです。RELIGIONを絆と訳しましたけど、

ほんまもんのRELIGIONは理想と現実を繋ぐ「絆」

これが出来んようなRELIGIONはまやかしですよ。。いろんなRELIGIONが、世の中にはあります。。私、決してどれがほんまのRELIGIONやなんて言えません。。でもこれが出来んようなRELIGIONは無くなればええと思います。。世の中、正直カルトとか、いかがわしいのもぎょうさんあります。ほんまもんかうそかを見分けるポイントは
ここです。。

今回のケースでいうのならば、シールズさんのおっしゃることがほんまに無理なく、出来てしまう何か。。ってことですね。。

日本ではRELIGIONには殆ど市民権がありません。。それは、どのRELIGIONにも理想と現実を繋ぐことが出来ていないからです。。でも世界に目を向ける時、RELIGIONの存在感がある国は結構ある訳です。。そのことをほんの少し頭の片隅にもおくことが、、世界を理解する上で必要やと思うんです。。

ま、私はイエス・キリストを信じている訳やけど、だからといってキリストがほんまもんやなんていうつもりはありません。。そう信じている。信じさせてもらえている。でもそれを証明している訳ではない。。RELIGIONはTHEORYではないから。だからRELIGIONは得体が知れない。正直怖い。 でも信じたいし、安らぎを得ている。今のところ裏切られていない。そして世界には私と同じ人はたくさんいる。。

ただ、RELIGIONにも実際的な役割があるということが市民権を得ている世界があることに気付いてほしいんです。消して過去の歴史遺産ではないと少しでも感じることは大事やと思います。