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ボンジア!!さあ、、そろそろクリスマスが近づいてきました。。クリスマスは、当然キリスト教が主役。。のハズなんですが、なんかちゃうなあ。。

ですので、折角のこの時期、聖書を味わってみましょう!!たのんまっせほんまに!!

1、わたしの苦しみ悩みをかえりみ、わたしのすべての罪をおゆるしください。(詩篇25編18節)

聖書がいう罪とは、法律に違反するとか、人の道に反することではなくて、心の持ち方です。それは神様を認めずに自分勝手に善悪を判断することです。。 様々な犯罪は自分勝手な判断による結果ということです。


2、兄弟達よ。苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。(ヤコブの手紙5章10節)

苦しみの意味は、単なる自業自得ではなく、 苦しみは人が益々、神様を意識し、神様と共に歩む満たされた人生を歩むために用いられます。 アブラハムやダビデ王にも数々の艱難がありました。

3、神は苦しむ者をその苦しみによって救い、彼らの耳を逆境によって開かれる。(ヨブ記36章15節)

4、神のみこころに添うた(神による)悲しみは、悔いのない救を得させる悔改めに導き、この世の悲しみは死をきたらせる。 (第2コリント7章10節)

神様を知っている人は、苦しみに希望を見出すことが出来ますが、神様を知らない人には、苦しみに何も意味を見出すことが出来ないという意味だと思います。

5、 主が(神様が)あなたの労苦と不安を取り除き、またあなたが服した苦役を除いて、安息をお与えになる・・・
(イザヤ書14章3節一部)


 人は結果を気にします。結果の為に努力し、そして結果が得られれば、自分の努力の賜物だと自分を褒める場合もあるでしょう。しかし、努力が出来たというのも様々な条件があったため出来たのではないでしょうか?もし病気だったらどうでしょう?もし戦争だったらどうでしょう?もし・・・。数え上げたらキリがないぐらい様々な条件の下に人間は置かれています。努力出来るというのも、まさに奇跡的なことのような気がします。 

 聖書はいいます。「結果」は神様によって与えられると。成功もさることながら、失敗や苦しみも神様が与えるものです。苦しみももっともいい時に神様が取り除いてくださいます。苦しみを取り除くために努力することを否定はしません。しかし、苦しみが除去されるか否かは神様によることを覚えたいです。苦しみを除去することだけにとらわれず、苦しみの意味を考えたいものです。 

第2回もお楽しみに!じゃね!ちゃお 

太字部分引用: Você para Deus(ブラジル)
 http://www.voceparadeus.com/2015/11/30-versiculos-para-conforto-no-sofrimento.html