ぺかどおる(もと簡潔!ラテン新聞)

地球の裏側にあるブラジルから見た世界は一体どうなのか。ブラジルニュースサイトGOSPEL PRIMEの協力により翻訳記事を提供出来ることになったことがキッカケでブログ始めました。 私はポルトガル語を勉強するクリスチャンですので、ブラジルとキリスト教を通して国際政治、経済、社会を見ていきます。そして合わせて展開するポルトガル語サイトを通してわかった海外アフィリエイトのやり方もお知らせしていきます。

カテゴリ: RELIGION(宗教よりも絆と訳した方がいい)

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 エルサレムを首都として認めたアメリカ・トランプ大統領の姿勢は、日本では殆ど受け入れられていないように思います。

日本で報じられているトランプ大統領の決断の背景は、

ウォール街を席捲し、大口献金者であるユダヤ人富裕層へのリップサービス

トランプ大統領の支持層であるキリスト教福音派への配慮

といったところでしょうか。

しかしなぜ、エルサレムを首都と認めることが、キリスト教福音派への配慮になるのでしょうか??


そもそも、イスラエルの大半の人は「ユダヤ教徒」です。キリスト教徒ではありません。

そのあたりの理由はあまりはっきりと説明されていないように感じます。


エルサレムは、イスラム教、ユダヤ教そしてキリスト教の聖地であると日本でも報じられています。


そうなのであれば、ユダヤ教徒が大半を占めるイスラエルの首都として認めるということは、エルサレムをユダヤ教徒に譲るということであって、キリスト教徒にとっては受け入れ難いことなのではないでしょうか?




このあたりのことを、日本のメディアはあいまいにしているような気がしてなりません。


しかし、世界を見るにあたって、これについての理解は極めて重要であると思います。。


そこでまずは、エルサレムはキリスト教の聖地なのか考えてみたいと思います。。

クリスチャンにとっての聖地を考えるにあたり、次の聖書の箇所を参考にしたいと思います。

わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。(ピリピ3:20)
自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。(第1コリント6:19)
「聖地」とは、その信仰の対象である神がおられる所です。


キリスト教の聖地とは、この世界のどこか具体的な「場所」ではないと理解します。神がおられる「天」であり、イエス・キリストを信じるときに与えられる「聖霊」が宿るクリスチャン自身が「聖地」です。


確かにキリストはエルサレム近郊で生まれ、十字架に架かったのはエルサレムでしたが、だからといってそこを聖地であるとは考えません。エルサレムにおられる訳ではありません。天におられ、そして信じるクリスチャン一人ひとりと共におられます。

ですから、クリスチャンにとって、エルサレムがユダヤ教徒のものになろうが、イスラム教徒のものになろうが、それは大したことではありません。


(私は、キリスト教福音派(に近い)だと思いますので、福音派ではない方々とは考え方が違うかもしれません。そして福音派でも異論がある方がおられるかもしれません。)


まず、このことを踏まえるべきだと思います。。

トランプ大統領は、自分はクリスチャンであるとはっきり表明しています。そして、ペンス副大統領は敬虔な(ガチガチな)福音派クリスチャンとして知られています。



となると、新たな疑問が生じます。




クリスチャンにとって、イスラム教徒のものでもユダヤ教徒のものでもどちらでもよいのなら、なぜ、ユダヤ教徒をえこひいきしているかのような態度をとるのでしょうか??


これを考えるにあたっても、聖書を参考にしたいと思います。


その日、主はアブラムと契約を結んで仰せられた。「わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。(創世記15章18節)

彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼ら(イエス・キリストを信じるユダヤ人)に奉仕すべきです。(ローマ15章27節)


クリスチャン、特に福音派と呼ばれるクリスチャンは聖書を人生の唯一の規範であると受け入れています。そして、その規範を受け入れ実践していくときに祝福されると信じています。

聖書にこのような箇所があるので、クリスチャンとしてその言葉を受け入れているので、ユダヤ人に好意的な態度をとっているということです。

アメリカ歴代大統領は、すべてクリスチャンです。大統領によって、その信仰度合いは異なりますが、基本的にはユダヤ人に好意的な態度をとることに異論はありません。アメリカ連邦議会では既に1995年、イスラエルの首都がエルサレムであることが可決されている背景にもこのような理解があります。

ただ、私は個人的には、今回のトランプ大統領の決断を賛成は出来ません。。反対というわけでもありません。正直よくわかりません。聖書は決してユダヤ人だけを愛しなさいとは言っていないからです。。


隣人を自分のように愛しなさい。(マタイ23:39)

この隣人とは、ユダヤ人ではありません。。すべての人が対象です。イスラム教徒の方ももちろん含まれます。


それではなぜ、トランプ大統領はこのタイミングで、エルサレムを首都と認めたのでしょうか?

ここで、興味深い歴史的背景をご紹介したいと思います。

歴史的にユダヤ人に好意的な態度をとると栄え、迫害すると滅びる傾向があります。。

まずは、ヒトラーです。。ご存知の通り滅びました。そして、ヒトラーに味方した日本(大日本帝国)も滅びました。。


しかし、日本がユダヤ人と協力関係の下で戦った日露戦争では、勝利しました。(その辺のことは司馬遼太郎の坂の上の雲に詳しく出ています。。)当時ロシアで苦しむユダヤ人の助けになると考えたジェイコブ・シフという銀行家が多額の戦費を調達してくれました。


大英帝国の礎を築いたと言われているのは、ベンジャミン・ディズレーリ首相です。ユダヤ系移民である彼をイギリス人は首相に選び、ディズレーリ首相が、スエズ運河の権益を手にしたことが、イギリスの飛躍の要因と言われています。。。

他にもまだまだあります。



恐らく、このあたりの歴史的背景ぐらいは、トランプ大統領も当然知っているでしょう。

アメリカ・ファーストを標ぼうし、アメリカの繁栄を取り戻すことに使命感を覚え、本気で実現しようと思っているのかなあと思います。。



このような明白なユダヤ人への協力姿勢にトランプ大統領の何か並々ならぬ決意を感じてしまうのですが、、北朝鮮への侵攻でなければいいのですが。。











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前回、音楽や出版業界のトレンドから、キリスト教福音派が経済活動に及ぼす影響を見てみました。
http://raabinho.com/マニアがマニアと呼ばれなくなる日が日本に来るのか??キリスト教福音派と経済成長について調べてみたarchives/17638424.html


ブラジル全体のGDPは乱高下を繰り返し不安定な状況なのですが、


音楽や出版業界はその影響を殆ど受けていないことがわかりました。


そこには福音派の消費行動が深く関与していることがわかったかと思います。


ところで、


なんとブラジルでは、キリスト教福音派のためのビジネス見本市まで既に


開催されています。

http://www.salaointernacionalgospel.com.br/


日本では、東京ビッグサイトや幕張メッセ、インテックス大阪などで開かれるレベルのビジネス展示会です。


業種は音楽、出版、アパレル、観光、玩具、飲食など多種多様です。


ここからも、もはや福音派(エバンジェリカル)マーケットが経済の重要なファクターであることは

一目瞭然かと思います。




ブラジルの人類学者カルロス・グティエレスさんによると、

 ファベーラ(ブラジルのスラム街)の住民に、より良い生活のために重要なことは何か尋ねたところ、


54%が努力と答え、24%が信仰、そしてわずか5%が政府

と答えたそうです。



そして、ブラジルの35.4%の成人は、個人事業に携わっているという調査結果も出たとのことです。


カルロス氏は、これらの現象の背景には、福音派の影響があることを断言しています。


起業などによる経済活動の新陳代謝が極めて重要であることは言うまでもありません。

ブラジル調査機関PNAD-IBGEによると、2022年には人口の約53%が中産階級になるであろうと予測されています。

http://www.brasildamudanca.com.br/empregos-e-salarios/conheca-melhor-nova-classe-c-brasileira





引用: NEXO
https://www.nexojornal.com.br/entrevista/2016/11/01/Como-a-substitui%C3%A7%C3%A3o-do-%E2%80%98trabalhador%E2%80%99-pelo-%E2%80%98empreendedor%E2%80%99-afeta-a-esquerda 

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昨日、、投稿致しました、


トランプ大統領によって得するブラジル、アルゼンチンで、

ラテンアメリカはこれから大きくのびる!!のではないかと


書きました。さっそくですが話を進めていきます!!!

まず、ご覧のグラフの通りブラジルでは、社会に大きな変化が起こっています。

これ、革命的なことだと思いますよ!!


だって、日本ではこんな宗旨変化は数十年、いや100年単位で全く起こっていません。


宗旨が変わる、宗教が変わると考え方が変わります。

思考が変われば、行動が変わる

行動が変われば、習慣が変わる

習慣が変われば、人生が変わる

(アフィリエイトで必要なことはみんなLFMが教えてくれたより抜粋)

こんな有名な言葉もある通りです。


これが国家的単位で現在進行しているわけですから、


国家の行く末が変わってくる可能性が高いですね。


え、でもカトリックからプロテスタントの福音派に変わるって、そんな大きなことなの?同じキリスト教でしょ???

とお考えの方もいるかと思います。


一理あります。。


しかし、全く同じではあったら、わざわざカトリックから宗旨替えしません。


ブラジルの大手メディアでこんな記事がありました。


ブラジルでは、

カトリックの信者はおよそ17%が毎週ミサに出席し、34%が献金をする習慣があって、


プロテスタントの信者は半数以上が毎週礼拝に出席し、約半数が献金をする習慣があるそうです。

(出典:FOLHA DE SÃO PAULO)

お金の使い方が違うというのは、大きなことだと思います。。



それ以外にもいろいろと違いはありますが、気になる方はこちらのブログをご参照ください。

・まださなぎ
http://dettalant.hatenablog.com/entry/Cross-Cultural/03
・聖書ーキリストは人生を変える
http://bible.yokota-church.info/church/cp-df.html



それでは、経済せいちょーの話に行きましょう。


日本とブラジルのGDPの対前年比ベースの推移です。

ここ数年、どちらも不安定な状況なんですね。。。似たり寄ったりでしょうね。


やはり世界はつながっているのがよくわかります。グローバル化しちゃってるんですね。


うん?


福音派が増えてるけど、福音派のいない日本と大して変わらないよ??


確かにそうです。



マクロ経済だと、鉄鋼だとか、建設、製造業、卸売り・小売業など、売り上げ規模の大きい大企業の業績がより反映されるわけです。あくまでも、、マクロ経済の状況なんです。


でも、日本でもよく聞かれますが、

株価は上がっているのに給料には反映されない。。


景気が良くなっている実感がない。。
なんて言われるように、GDPも参考にはなりますが、これだけでは実体経済の良しあしはわかりません。

そこで、ミクロ経済を見ていきます。

音楽販売額前年比推移(2011~2015)出典:ガベージニュース、Pro-música Brasil
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こちらは、音楽CDやDVD、Blue-Rayそしてネットからのダウンロードでの販売額の対前年比の日本とブラジルの比較です。


日本は右肩下がりが顕著ですが、なんと、


ブラジルは毎年前年比プラスなんです。。GDPでは、似たり寄ったりなのに、音楽販売では全く違う結果になってますね。


ブラジルニュースサイトにこんな記事がありました。

ゴスペルと言われるキリスト教関連のタイトルの販売額は1年で15%もの伸びを示し、販売額上位20曲中ではゴスペル系がすでに多数を占める。
引用:O DIA
http://odia.ig.com.br/noticia/rio-de-janeiro/2015-10-31/venda-de-cds-de-cantores-da-musica-gospel-supera-idolos-da-mpb.html


マクロ経済の乱高下の影響を全く受けていないというところが特筆すべき点であると思いますし、

まさに内需拡大に貢献しています。


次は、書籍です。

書籍販売額前年比推移(2011~2015)出典:ガベージニュース、ブラジルSNEL
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電子書籍を除く書籍販売額対前年比推移です。

ここでも、同じ傾向が見て取れます。


ブラジルではすでに宗教が書籍販売の主要部門になっており、 更に見ていくと2015年でも全体では-3.3の減少ですが、宗教部門は僅かながら増えているという結果になっています。




<まとめ>


音楽や書籍というセクターは、国の経済政策とはあまり関係ありません。 国の経済政策はGDPに反映されやすい公共事業 などのインフラ事業に偏りがちだからです。


しかし、そもそも経済活動は民間が主体でなければなりません。



国の支援のもとに成り立つような経済活動は、本物ではないのではないでしょうか?


民間が自発的に取り組み、結果を生み出すものでないと本当の意味での景気回復とは言えないのです。


いかがでしたか?


福音派は経済と密接に関係しているのではないでしょうか? 

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当ブログでも、トランプ大統領と福音派との関係の記事を結構書いてきたんで、、


もう少し、福音派の投票行動について把握しておかないとと思って、、



アメリカを代表する福音派メディアクリスチャニティートゥディ

によると、、まず福音派の60%を占める白人層では、80%がトランプに投票しているそうですね。


そして残りの40%を占める白人以外の福音派の人たちの多くが、ヒラリークリントン候補に投票したそうです。



以上です。。



つまるところ、福音派でも人種によって投票行動にきれいに違いが出てるんですね。



だから、福音派はトランプを支持した。とは一概に言えないんですね。



宗教的な問題よりも、人種的な問題が投票行動に結びついていると言えそうです。





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クリスチャンって〇〇してはいけない。


〇〇しなくてはいけない。


礼拝に参加しなくてはいけない。



献金しなくてはいけない。。



婚前交渉してはいけない。。。


悪口を言ってはいけない。。




なんて、結構うるさいんですよ。



それで、結構これが出来なかったりするわけですね。



それで、できなくて自分を責め始めるんです。



これ、クリスチャンだったら、誰でも経験あるのではないでしょうか?



自分を責めて、


本当に救われているんだろうか?とか思い始める。



自分なんかダメ!!!!


という感じで、次第に教会になんか、自分のようなものが行くところではない。


そして、


キリストなんてほんとにいるんだろうか?


そのうち、キリストを信じられなくなり、THE END。




こういうパターン。




って、これはまさに、私のことです。



自分で言うのはおかしいんですが、



自分ってまじめなんですよ。



聖書って、一見確かに、



決まりのようなことばかり書いてある気がして、



真面目だから、一生懸命それを守ろうとする。



でも、必ずできない。


まじで。出来ない。


当然自分を裁き始める。



こんなことの繰り返しでした。



キリストを信じても、何にも喜びなんてありませんでした。




私も、よーーーーーーーやく、聖書を何回か通読してみて、



ちょっと、考え方が変わってきました。



そのあたりのことを今日は書きたいと思います。




一つ目は、、


まず、主の祈りってのがあります。



クリスチャンなら必ず知ってるはずの基本中の基本の祈りで、



キリストが、キリストを信じるクリスチャンに模範的な祈り方として示されたものです。



主の祈りの中に、


私たちの負い目(罪)をお赦しください。

とあります。


そして、このフレーズの直前には、


私たちの日ごとの糧を今日もお与えください。


ということは、この祈りは毎日祈るように薦められているものであることがわかりますね。




毎日、「罪をお赦しください。」と祈りなさい。ってことです。



すなわち、ようするに、



もう毎日のように罪を犯すことを、神様、キリストは完全にお見通しということ。



罪を犯して、当たり前。ってことです。



別に罪を犯すことは構わない。でも謝ってねと。



謝れば赦して頂けるんですよね。



そして二つ目。


ダビデ王。



イスラエルを空前の繁栄へと導き、世界史の教科書にも出てくる実在の人物です。



今でも、クリスチャンの間では偉大な信仰者として尊敬されている人物でもありますし、欧米ではデビッドとか、
ダビとか、ダビデ由来の名前が今でも多いのはその証です。



彼も、罪を犯しました。



人の奥さんを横取りして、子供を孕ませた。しかもその夫を殺した。。


現代の常識からして、本当に悪いことだと感じますが、



まあ、絶大な権力者であったダビデはなんでも許される立場でしたから、これは別に咎められるほどのことではなかった。権力者にとっては常識の範疇でしたが。



これでも、ダビデは偉大な信仰者なんですよね。


なぜ、こんなのでも、偉大なんでしょうか?



ダビデは、このことを、あとから指摘され、それを素直に受け入れたんですね。



そして、神様の前に本当に謝った。




ここなんです。



何か、偉大な業績を挙げただけでは、ここまで尊敬されることはありませんでした。



そして、ダビデは、赦され、より神様を慕いながら歩んでいきました。益々神様に信頼して歩んでいった。




ここなんです。決して自分を責め、自分をさばき、神様から離れることはなかったんです。




実は、罪を犯さないよりも、ここが最も大事なところだと思うんです。



聖書には悪い例もたくさん出てきます。



イスラエル人たちは、決してダビデ王のようではありませんでした。



神様を忘れ、離れてしまいました。



そして、結果として、戦争に巻き込まれたり、戦争にも敗北したり、結局自分で自分の首を絞めることになりました。





罪を犯すことはやむ負えません。これが人間の現実の姿です。



そして、三つ目。。。




だから、キリストは十字架に架かり人間のすべての罪、過去の罪から未来の罪に至るすべての罪の身代わりとなって死んでくださいました。



だから、罪を犯したなと思ったら、このキリストを思い出したいんです。このキリストの偉大すぎるクレイジー過ぎる業績をいやでも実感できるんです。



それでも、私は、のど元過ぎれば熱さ忘れるってやつで、、




またしばらくすると罪を犯す。



そして、キリストを思い出す。



一生この繰り返しかもしれません。



でも、この繰り返すなかで、ゆっくりゆっくり、成長していきます。




ダビデも、この繰り返しでした。しかし、



晩年になって、次のようなエピソードが聖書に書かれています。

 ダビデ王は年がすすんで老い、夜着を着せても暖まらなかったので、 
2 その家来たちは彼に言った、「王わが主のために、ひとりの若いおとめを捜し求めて王にはべらせ、王の付添いとし、あなたのふところに寝て、王わが主を暖めさせましょう」。 
3 そして彼らはあまねくイスラエルの領土に美しいおとめを捜し求めて、シュナミびとアビシャグを得、王のもとに連れてきた。 
4 おとめは非常に美しく、王の付添いとなって王に仕えたが、王は彼女を知ることがなかった。 


ただ、性欲がなくなっただけだったら、敢えてこんなこと書かないと思うんですよね。


実際、老人でも性欲はあるようですし。。。



ダビデは何度も何度も、神の赦しを体験し、人間的に成長していき、罪を犯さなくなっていったんですね。




人間が、本当に更生していける唯一の道はこれしかないと思います。。



赦しです。一回や二回ではありません。赦され続けることです。


そして、キリストを信じ慕い続けることです。決して離れることのない人生しかありません。


こういうところが、聖書って好きなんですよね。。



こんなキリストには降伏するしかありません。


、またあの曲が聞きたくなりました。。



今日は、この曲で終わりたいと思います。。。。。



Lembro quando te encontrei
あなた(キリスト)と会ったときのことを思い出します。

Tudo novo você fez
すべてが新しくなりました。
Os abraços que senti
あなたの御腕は
Me fizeram prosseguir
私を育みました。
Várias vezes eu caí
何度も失敗したけど、、
E você me levantou
あなたは私を支え、
Eu achava estar bem
やすらぎを覚えました。
Mas me rendo
しかし、、私は降伏します。

Eu me rendo
私は降伏します。
Eu me rendo
私は降伏します。
Eu me rendo a ti
私は降伏します。あなたに。
Eu me rendo
私は降伏します。
Eu me rendo
私は降伏します。
Eu me rendo a ti
私は降伏します。あなたに。
Toca em mim de novo
もう一度来てください。
Enche-me de novo
もう一度満たして下さい。
Eu não me vejo
あなたが見えません。
Sem tua presença
あなたはどこですか?
Toca em mim de novo
もう一度来てください。
Enche-me de novo
もう一度満たして下さい。
Eu não me vejo
あなたが見えません。
Sem tua presença
あなたはどこですか?













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