
昨日は、19人の命が奪われたあの相模原殺傷事件からちょうど半年でした。。。
この事件のことを報道で知ったときの感覚をいま思い出そうとしてるんですが、
あまり覚えてないんですね。。
なんか私は酷い人間かもしれません。
もしかしたら、自分はクリスチャンだからっていうのもあるかもしれません。
所詮人間なんて罪びとだから、みたいな。。。
こういう事件のときに、
結構、冷静に受け止められる気がします。
あの事件のときも、そういう気持ちだったのかもしれません。
ところで、
時代は、
AI(人工知能)時代に突入しようとしていますね。。。
すいません。突然。
何がいいたいのかといえば、
AI時代って、
これまでの価値観が180度変わるかもしれないぐらいのことだと思ってるんです。
だから壮大な話をさせてください。
封建時代の息苦しさから、
そして軌を一にするように、
科学が発達して、
人々は今までの慣習を捨て去り、
何事も合理的に考えるようになり、
全て人間が理解出来るものによって、判断していくようになりました。。
何事も目に見えるもの、
そして合理的に理解出来るもののみを信じる世界ですね。
ようは、頭のいい人、知能指数の高い人にとっては有利な時代になったってことですね。
こういう人たちが考える世の中ってのは、そりゃ便利で効率的なんですね。
よく考えれば、
今、私たちの周りにある家電製品なんて、殆どこの考えによって生み出されてきたものです。
そしていきついたのが、AIですね。
効率性や利便性という視点からみたら、まさに究極に到達しつつあるわけです。
そして、
とうとう、AIの効率性は人間の効率性を凌駕し始めました。
お気づきの方もおられると思いますが、
ここがポイントなんですよね。
だから今まで求められてきた合理的思考はAIにとって代わられる。
今まで価値があった、知能指数は相対的に価値が下がっていきます。
じゃあ、これからの価値ってなんなんだろうって考えるわけです。
今まであまり価値があるとは思われなかったものの価値が上がっていきますよ。
それは、弱さだと思うんですよね。
そういう意味で、弱さの塊ともいえる障害者の方にとっては面白い時代になっていく気がしますね。
弱さの時代の到来です。
星野富弘さんのことはご存知の方も多いと思います。
もともと体育の先生だった星野さんはクラブ活動の指導中に鉄棒から落下したことが原因で、
手足が不自由になりました。
それはそれは、大変だったと思います。
まさに効率優先社会からは脱落してしまいました。
しかし、星野さん。
口に筆を加えて絵を描くようになりました。
現代社会に適応出来なくなった自分の思い、
様々な葛藤、
でも、そのような状況になったからこそ感じるようになった
窓から見える自然の美しさ。
そんな感情から生まれた絵が、多くの人を感動させています。
小説や芸術は、まさに弱さの賜物だと思うんですよね。
弱さによって生み出される価値が見直されると思いますね。
植松聖さん。容疑者とは呼びたくないんですね。
私も同じ罪人だから。
でも、彼の行った行為は、10年後、20年後には今よりもっと愚行だったと言われているような気がします。
このブログではこれからますます「弱さ」をクローズアップしていきますよ。
面白い時代になりそうですね。