ぺかどおる

「あなたが右に行くにも、あなたの耳はうしろから、『これか道だ。これに歩め』ということばを聞く。」(イザヤ書30章21節) 「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイの福音書6章33節) 私は海洋散骨事業、そして通訳ガイドを営んでおります。毎日の生活はサラリーマンのように保証されておりません。しかし私は聖書を信じています。私の人生は上の御言葉の通り、神様がきめ細かく導かれ、必要なものも備えて頂き、充実した幸せな人生であることを確信しています。このブログではそんな私の歩みも綴らせて頂きたいと思います。宜しくお願い致します。

カテゴリ: 男女関係



眠れる森の美女はご存知ですね。



眠り についたオーロラ姫が100年後にデジレ王子の口づけで目を覚まします。




わたしの人生の中で、神様は多くの物語を通して大事なものを示して下さいました。






愛のおのずから起るときまでは、ことさらに呼び起すことも、さますこともしないように。雅歌3章5節

 

恋愛には神様の時があります。。 そして、そのときまで静まっている必要があります。

地上のすべての目的や意図にはふさわしい時があります。伝道者の書3章をご覧ください。


私たちに湧き上がる確かな情熱。でも神様の時ではないかもしれません。

私たちはすぐに恋愛を求めます。シングルでいることや孤独に耐えられなくなってすぐにでも、大急ぎで愛を呼び起こしたくなります。

神様の時を待つことを知らないと、、結局傷つくことになるのです。。





何も心配せず眠っていたオーロラ姫のように、神様にサプライズを起こしてもらいましょう!!



あなたのさまざまな考えや思い、心配を神様に任せて、、その時がいつ、だれによって、どのように訪れるのかも心配せずにあなたが神の御声のみを必要とするとき、御声のみを求めるとき、愛は自ら目を覚まします。



恋愛は神の被造物です。神様はもっともふさわしいときをご存知です。プランを用意してくださっています。。


愛はすべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。第1コリント13章7節




引用:

EU ESCOLHI ESPERAR

http://euescolhiesperar.com/artigos/bela-adormecida-

文:パトリシア・ゲイガー
作家、翻訳家。主にキリスト教系サイトでコラムを担当。
ブラジル・リオ・グランデドスル州生まれ
サッカーやフランス・ドイツの映画をこよなく愛す。



追伸:パトリシアさんの姿勢は、恋愛だけに限らず、人生での大きな決断から小さな選択に至るまで適応できるのはないかと思いました。。

 早くてもいけない。遅くてもいけない。ジャストインタイムな人生を送りましょう!!











 

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カルラ・ドゥアルテさん。28歳。独身。


彼女は6年前、それまで5年間付き合ってきた彼と別れ、


最初の数か月は、別れた彼のことが忘れられずに寂しく孤独な毎日が続きました。


時間が経つにつれ、神様のみこころや計画を優先する気持ちが沸いてきて、聖霊こそ最高のパートナーであり、決して自分を見捨てないことがわかってきました。


そして、彼女の日常生活での態度を通して、周りの家族や友達も彼女の変化を感じるようになりました。


そんな中始めたブラジル国内旅行では、多くの人や思いもよらない場所との出会い、そして祈りや信仰を通して神様の大きな愛を体験しました。


彼女は新たな男性との「出会い」を神様に真剣に祈りはじめましたが、その間も充実したシングルライフを十二分に楽しむことが出来ました。勉強、旅行、仕事のスキルアップなどなど、シングルならではの有効な時間の使い方が出来たのです。

カルラ・ドゥアルテさん


そして、半年ほど前に、とうとう神様は新しい彼氏をプレゼントしてくれました!!!そのことをSNS上で公表すると、「あなたの人生満たされたね!!」「本当の幸せが来たね!!」などなどの祝福の言葉が友人から寄せられましたが、その言葉に彼女は違和感を覚えました。


それは、彼女のシングルとしての生活がいかに楽しく特別なものだったかをメッセージを寄せてくれた人たちが知らないからだろうと感じました。


第1コリントへ手紙7章には、神様に従うことこそが重要です。とあります。独身であるとか、既婚であるとかは関係ありません。神様のみこころに従うことこそ、本当の揺るがない幸せです。みこころにかなう生活態度、日々の生活の中でのひとつひとつの選択こそが、神様を喜ばせるのですから。


彼女はいいます。


結婚が幸せの条件ではない。
幸せのために誰かを求めてはいけない。わたしたちは神様の御前で完璧なひとりの人格者として幸せなのですから。


彼女自身、結婚を否定はしません。でも幸せは結婚するかしないかに関わらないことを、彼女の充実したシングルライフを通して学んだのです。


彼女のこの証を通して、改めてクリスチャンとはどういう人生を歩むんだろうということを考えさせられました。。



彼女にとって恋愛から結婚へというレールは、幸せのための必須条件であったように思います。


ですが、彼女が予期しなかったさまざまな経験の中で、幸せは神とともに歩むこと。聖霊の導かれるままに歩むことこそ幸せの秘訣なのだと考えるに至ったのだと思います。


彼女が何かしたわけではありません。神様が導かれ、彼女にそういう思いを与えられました。。



クリスチャンの人生とは、、ズバリ、、



受け身


なんだということです。

ウイリアム・ペンという人物をご存じでしょうか?

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possibly by Sir Peter Lely - Library of Congress, American Memories site, Historical Society of Pennsylvania

アメリカ・ペンシルベニア州の開拓では、原住民とも話し合いを持ち、平和的に共存する道を開き、公正な裁判、三権分立、信教の自由、自由選挙といった仕組みを導入してアメリカ民主主義の基礎を築いた人物です。

彼は熱心なクエーカー教徒(プロテスタントのグループ)でしたが、「遣わされる前に走る」すなわち、神の導きなくして勝手に行動しないことを戒めていました。個々の役割はキリストが教えてくださいます。。




み言葉にもあります。

神を求める人はいない。(ローマ3章11節)



クリスチャンとは救われている人。そしてキリストの体を構成するひとつの器官となった人です。



神様が選び、救ってくださり、本当に大事なことを教えそれができるように導かれる人です。



神様に至れり尽くせりで扱われる人です。。


だから何も心配する必要はありません。




































 

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 アメリカのスポーツニュースキャスター、エリン・アンドリュースさんの裸の動画がネット上に投稿された事件がありました。。

 正直、男としてみたい気持ちになってしまうんですが、「ポルノ」 について、ブラジルのクリスチャン情報サイトguiame.com.brに考えさせられる記事がありました。。日本のクリスチャン はなかなか性的な問題を率直に語れないのでネットで検索とかする人も多いと思います。是非参考になさって下さい。クリスチャンでない方も是非

 まず、ポルノを見たり見なかったりということは気にしない。大事なことは、キリストへの信仰だとしています。悪い習慣や行い以上に、この信仰についてよく考えて欲しい。

としています。。所詮人間にポルノを見るなと言っても出来ないことは、神様はお見通しですよね。だから出来なくていいです。それよりもいい機会ですからイエス様を信じることについて考えましょう。

 私にとって信仰とは、自分自身に諦めて、人生のハンドルをキリストに明け渡すことだと思っています。所詮頑張ってポルノを見ないようにしても、どうでしょうか?見てしまいませんか?まず自分で頑張ることをやめる。これこそ信仰だと思います。

 そして記事には、なぜポルノグラフィーが悪いかについてわかりやすく書いてありました。

 聖書の創世記2章には、神は男性をエデンの園を耕すために造られ、女性は男性のパートナーとして、助け手として男の肋骨から作られたとあります。。(そういえば話がそれますが、この創造物語について、ブラジルの科学者が面白いこといってましたね。。良ければこちらを参照ください。)話を戻します。。だから男と女は持ちつ持たれつで平等。どちらが上でどちらが下とかではないということです。

そして3章に入ると、女(エバ)が蛇に唆されて神が食べてはいけないと言われていた善悪を知る知識の木の実を食べてしまいます。女はそれを男(アダム)にも分け与え男も食べました。ここでアダムはエバを責め、エバはそそのかした蛇を責めました。これを知った神は、エバに対して「夫はあなたを治めるようになる。」といいました。平等であったはずの関係が上下関係に変わってしまうというのです。

 そしてポルノは、女性を快楽の対象物として見ることに等しくまさに男性が女性を支配している罪の世界を象徴的に表しているように感じました。ポルノ問題の原因は創世記3章にたどり着くことになります。人間が神の考えに背き自分で判断してしまう罪が原因です。ですから、初めに戻りますが、


自分自身に諦めて、人生のハンドルをキリストに明け渡す信仰に鍵があるのではないかと思います。。

引用&画像guiame.com.br
http://guiame.com.br/nova-geracao/se-liga/pornografia-e-degradacao-da-imagem-de-deus.html


  

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 際限ない性的衝動は男性特有のものと考えがちですが、それは間違っています。この衝動に悩んでいる女性がいるかもしれませんが大丈夫です。あなたは正常です。。。

 セックスのことばかり気になって仕方がない。いつもそのことばかり考えている。。そんな時はすぐに祈り始めましょう。神様との深い絆によってこの衝動は次第になくなっていくことを実感出来ます。

 結婚する前のセックスは、みせかけの安っぽい偽善。。偽物の愛情表現です。セックスは人生を完全に分かち合う間柄で楽しむものだからです。

こんな記事がブラジルのクリスチャンサイトguiameにありました。。

 これは私の経験ですが、自分でこの衝動と闘おうとしても100%負けます。だから代わりにキリストに闘ってもらいます。代わりに闘ってもらうために、私がすることは、、何もしないこと。。もう自分に関するすべてをイエス様に献げる。明け渡す。人生のハンドルを握ってもらうことだと思います。そしたらものすごく楽ですよ。キリストが必要な時に力を与え助けてくださいますから。。なんか一見何もしなくなるように思うかもしれませんが、全く違います。人生のハンドルを握ってもらうわけだから、より行動的になれます。。

 最近ようやくこんな感じになってきました。今後ももし自分で闘おうとしたら100%負けるでしょう。そんなことある訳ないと考えるあなた。是非やってみてください。聖書がいまだに世界中で親しまれているのは、こういうところに理由があるんですよ。今でも物凄い役に立つからですよ。

引用:guiame.com.br
http://guiame.com.br/nova-geracao/se-liga/meninas-tambem-lutam-contra-desejos-sexuais.html#

discussao

 彼氏との1時間の電話の後に、女友達に電話して彼氏と話したことを延々と話す。。でも彼のほうは彼女との電話が終わったら、何事もなかったかのように友人とソファーに座りゲームを始める。。

 女性は男性以上に人との関係を大切にする傾向がありますが、これは些細な喧嘩を引き起こしお互いの関係を破壊することにも繋がります。些細な喧嘩によって相手の気持ちではなく自分のことばかり考えるようになります。

 喧嘩する前に、ちょっと思い出してみてください。

愛は自分の利益を求めません。第1コリント13章5節

私たちを心から愛して下さる方を、どうして恐れる必要がありましょう。もし恐れがあるなら、それは神様が私たちに何をなさるかと、不安をいだいている証拠です。神様の完全な愛は、そんな恐れを、すべて取り除きます。第1ヨハネ4章18節

そして私たちは、神様を愛し、神様の計画通りに歩んでいるなら、自分に起こることはすべて、益となることを知っているのです。ローマ8章28節

喧嘩をしたくなったら神様を信頼し、その小さな問題を神様に話しましょう(祈りましょう)。





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