
establishment
今年のアメリカ大統領選で、幾度となく登場してきた、「支配階級」を表すこの言葉は、
ここ数年、庶民の目の敵にされてきました。
富は人口の1%のエスタブリッシュメントに集中していると揶揄され、
アメリカをはじめ全世界でデモが繰り広げられました。
2016年
6月のEU離脱の是非を問うイギリス国民投票での離脱派勝利、
そして11月8日のアメリカ大統領選挙でのD.J.トランプ氏の勝利は、
様々な社会矛盾の原因とされた既存の社会体制への不満が原因とされました。
彼らアメリカの庶民が真に望んでいるのは「公約なんかどうでもいい。とにかく、このロクでもない世の中をぶっ壊してくれ」というただ一点だけ。だからこそ、トランプ氏は下馬評を覆して圧勝できた。「トランプ大統領」を渇望したアメリカ国民の“単細胞パワー“週刊現代”より
人間の頭の中で完結する論理性に基づく科学の発達は、ビジネス、学力、スポーツ、容姿、芸術など、人間に分
かりやすい、目にみえやすい能力が支配する社会システムを作り上げてきました。
しかし、
合理性だけでは理解しえない人間の心など、さまざまな分野で大きな矛盾を生み出し、
それが一気に噴出し始めてきた。。
そんな一年であったような気がします。
実証性や客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する
近代合理主義の綻びが現れてきたいま、
佐藤優氏が「反知性主義」とするこのような思考に基づいて、偏狭なナショナリズム、民族主義が勢いを
増してくる可能性があります。
ここ100年余り、近代合理主義を巧みに社会に取り入れてきた日本。これから一体どうすればいいのでしょうか?
いま、宗教も再びクローズアップされてきています。
中国では、イスラム教、仏教、キリスト教などの伝統的な宗教が見直され、それぞれ信者が増えています。
モンゴルでも仏教徒が増えているようです。
中東はイスラム教による宗教性の強い社会でしたが、キリスト教徒がじわじわ増えてきています。
アフリカや中南米では、キリスト教とりわけ福音派と言われる聖書を純粋に神の言葉として受け入れる
人々が非常に増えています。
そして、日本と同じように近代合理主義の価値観を持つヨーロッパでは、中東から難民が押し寄せ、アイデンティ
ティを見直す動きが始まり、キリスト教が見直されてきています。
宗教とは、英語でRELIGIONと訳されます。
RELIGIONとは、RELATIONすなわち、繋がりを意味する言葉です。
ここで言う繋がりとは勿論、神との繋がりを指します。
しかし、日本では宗教という言葉は少し違ったニュアンスで理解されているような気がします。
どちらかというと、繋がりよりも、真理を探究する哲学的なニュアンスで理解されていないでしょうか?
それもそのはず、日本人の精神世界に大きな影響を与えている仏教での「禅」は、悟り(真理)
を探究するための手段であるからです。
ここに神はありません。
真理の探究とは、欧米では哲学の命題です。宗教ではありません。
哲学とは紛れもなく学問であって、合理的に組み立てられていくものですから、宗教の表すRELIGIONとは本質的に違うカテゴリーのはずですが、
日本では仏教を宗教として捉えてしまっているため、「繋がり」という本来の意味が失われてしまっているのです。
その顕著な例として、オウム真理教があります。オウム真理教には高学歴のエリートが数多く入信しました。
オウム真理教も修行による解脱を訴えることから、宗教というよりも哲学です。
しかし、日本人には宗教と哲学の違いが分からないので、哲学であるオウム真理教を宗教として絶対化してしまったのではないでしょうか?
幸福の科学もそうです。科学といっているわけですから、これも宗教とは違うはずですが、宗教団体として活動しています。因みに幸福の科学創始者の大川隆法氏も東大卒のエリートです。
日本ではエリートですら、宗教を正しく認識出来ていないのです。
名実ともにポスト・モダンに突入しようとしている今、
RELIGIONを改めて見直し、RELIGIONを軸に世界を見つめていきませんか?
RELIGION的な感覚の理解がこれから益々クローズアップされるのではないでしょうか?
RELIGION的な物の見方によって社会を見ていく重要性は増していくのではないでしょうか?