ぺかどおる(もと簡潔!ラテン新聞)

地球の裏側にあるブラジルから見た世界は一体どうなのか。ブラジルニュースサイトGOSPEL PRIMEの協力により翻訳記事を提供出来ることになったことがキッカケでブログ始めました。 私はポルトガル語を勉強するクリスチャンですので、ブラジルとキリスト教を通して国際政治、経済、社会を見ていきます。そして合わせて展開するポルトガル語サイトを通してわかった海外アフィリエイトのやり方もお知らせしていきます。

カテゴリ: ふと思いついたこと

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 小学生のころ、少しのろまで頭も少し大きい同級生がいた。来る日も来る日もいじめに遭いながらも
学校が大好きだった彼は休むことはなかった。彼が持ってきていた弁当にはいつも美味しそうな大学芋
が入っていた。お母さんの愛情が滲み出ていた。
 
 私は彼のことをいじめることはなかったと思う。更に時には助けたこともあった。いつもではない。見て見ぬふりをしたこともあった。でも私は、家に帰るとやはり来る日も来る日も妹をいじめていた。

 いじめ自殺が後を絶たない。そしてその都度、学校や教育委員会は再発防止の対策を講じる。全国でいじめ撲滅に力を入れているが再発は繰り返されている。これはもうしょうがない。人間の性だと思う。だからいじめ対策で考えなければならないのは、再発防止ではなく、いじめが起きた時への対応だ。いじめをなくそうという取組は、地震をなくそうとする取組と同じくらい意味がないのではないか。地震対策とは地震をなくすためにあるのではなく、地震が起きた時にどう対応するかを考える取組に他ならない。いじめも地震もこれからも起こるのである。

 それではいじめが起きた時の適切な対応とはどういうことか?はっきりした答えはわからない。しかし人は困難な時こそ成長し、困難の中に成功へのヒントが隠されているとよく言われる。今全世界で20億近くの人が信仰している(といわれている)イエス・キリストもいじめを受けた。何一つ裁かれるような犯罪をしなかったにも関わらず、濡れ衣を着せられ十字架に架けられ処刑された。頭には茨の冠をかぶらされ、唾をかけられ、皮肉たっぷりに「ユダヤ人の王」と書かれた板きれの下、十字架に架けられた。まさに皮肉にも、現代にもこんな「いじめられっ子」だったキリストを救い主と信じる人が星の数ほどいるのである。歴史上偉大な業績をあげた人が、大した業績を上げたことのない人々が、このイエスキリストを真底信じ人生を歩んできたし、今もいる。でも少なくとも言えることは、キリストを信じ歩んでいる人に不幸な人を知らない。

 聖書はいう。このイエスに人生をかけてみないか?と。いじめを受けた時にふと、立ち止まってイエス・キリストの考えてから次のことを考えてみても悪くないと思う。

 参照:【ブラジル】戦いに敗れた兵士が降伏するように

じゃあね!チャオ!

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 昔からよく小学生に将来何になりたいかと聞くと、 だいたい「サッカー選手」「パン屋さん」「お花屋さん」「野球選手」「科学者」「パイロット」・・・などごくごく限られた職業に絞られるてくるのではないでしょうか?社会には幾万もの職業があるにも関わらず。情報過多の時代と言われる今でも大して変わりません。情報発信ツールは増えましたが、今も昔も多くの情報を発信している大人たちが世の中を知らないからなのかも知れません。そして得られる少ない限られた情報の中から思いつく、ごく限られた職業に”夢”が偏ってしまうのは当然でしょう。そして、親や教師などの大人は、その夢に向かって努力する事を奨励することはいいことであると思っています。

 この「簡潔!ラテン新聞」も日本では余り流れない情報を発信して、実に微力ではございますがより世界を知ることに繋げていきたいと思っています。。

  しかし、本当にいいことなんでしょうか?夢を持つことよりも、もっと幅広く世界を知ることのほうが先のような気がします。世の中まだまだ面白い世界が溢れるほどあるのに、早い段階で ほんの限られた情報で知り得た職業に囚われてしまうのはもったいないと思うんです。みんなが同じ情報の中で、同じ目標を持つと、そこには競争によるほんの一握りの勝者と夥しい敗者が生まれます。夢を追い求める人生から生じる結果は膨大な挫折の山なのではないでしょうか?本来しなくても済んだ苦い挫折が残される訳です。

 
 子供に限らず、人は世界を知っているようで実は知りません。地震がいつ起こるかもわかりません。自分がいつ死ぬかも分かりません。それどころか、10分後に何が起こるのかも分かりません。私はクリスチャンは幸せだなと思うことがよくありますが、その一つは、自分の狭い狭い視野によって生きるのではなく、この世界を創造されたと言われる神様によって生きる事が出来ることです。聖書にこんな言葉があります。

わたし(キリスト)から離れては、あなたがたは何一つ出来ない。
なんてキリストって傲慢なんだと感じます。。自分から離れては何も出来ないなんて。。でも人間は何も知りません。だから世界を創造されたキリストと一緒に生きようということです。キリストは世界を創造したから、世界を知っているし、あなたがどう生きれば最も幸せなのかも知っているという訳です。。

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 日本のニュースで取り上げられるのは、欧米(アメリカやイギリス、ドイツ)、ロシア、中東、東アジア、東南アジアが殆どで、自然と日本人の関心もこれらの国々に集中する傾向を感じます。確かにこれらの国々は政治や経済の影響力が大きいので当然ではあります。

 ラテン世界とは南ヨーロッパ(主にフランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ルーマニア)、中南米を差します。ご存じの通りかと思います。これらラテン諸国も先に挙げた国々との関係を持っていますが、必ずしも日本と同じ関係性ではありません。

 私はポルトガル語圏を中心としたブラジル、ポルトガルを中心にその他中南米諸国や南ヨーロッパから世界を見てみたいと思っております。特にブラジルを初めとする中南米諸国はおよそ500年程前から世界史の表舞台に登場してきますが、世界のメインプレーヤーとしては位置づけられて来ませんでした。ここ100年を見ても、第一次第二次世界大戦の主要当事国ではありませんでした。中南米諸国はその北にあるアメリカから主に経済的に搾取されてきた歴史があり、またヨーロッパ諸国の旧植民地であり、そこから独立を勝ち取った経験を持っています。また地域の大国ブラジルは近年、ブラジル沖の大西洋海底からの石油採掘に成功し自給能力を勝ち取り、その他豊富な資源に恵まれています。そして移民大国として、ヨーロッパ以外からも、日本を含むアジア、中東からの多くの移民が住んでいます。

 ここからは私の推測です。このような背景がある中南米諸国は、欧米、そして中東やアジア諸国に対して第三者的な見方が出来る素地があるのではないかと考えています。日本とは違う視点なのではないかと思う訳です。そして、ラテン的な見方を理解する上で欠かせないのがキリスト教です。歴史的にカトリック教国でしたが、ここ10年余りの間に、急速に福音派が増えてきており、社会のあらゆる分野に影響力を増してきています。世界の3割の人口が信仰するキリスト教的視点は世界を見る上に於いて不可欠と考えます。因みに私もクリスチャンです。

 まあ、こんな感じです!!チャオ!アミーゴス!!

画像著作者:theglobalpanorama
ライセンス:クリエイティブ・コモンズ



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