ぺかどおる

「あなたが右に行くにも、あなたの耳はうしろから、『これか道だ。これに歩め』ということばを聞く。」(イザヤ書30章21節) 「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイの福音書6章33節) 私は海洋散骨事業、そして通訳ガイドを営んでおります。毎日の生活はサラリーマンのように保証されておりません。しかし私は聖書を信じています。私の人生は上の御言葉の通り、神様がきめ細かく導かれ、必要なものも備えて頂き、充実した幸せな人生であることを確信しています。このブログではそんな私の歩みも綴らせて頂きたいと思います。宜しくお願い致します。

カテゴリ: ふと思いついたこと

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イエスさまは、私が生まれる遥か遥か前から、私が生まれる時代、人種、性別、性格、生まれる場所、


私が生きる目的、そして毎日毎日のスケジュール、etc・・・



すべてを綿密に計画され私を創られました。。


偶然ではない。



そして、そして、


なんと、



それら計画はすべて成し遂げてくださると約束してくださっています。



神はわたしを愛してくださる!!


なんて簡単に一言で終わらせてしまうけど、




こういうことなんですよ。。




めちゃくちゃすごいでしょ!!


めちゃ緻密で具体的でしょ?




この前も愛知県の中学3年生が大阪で飛び降り自殺したけど、



自殺なんかしている場合ではない!


愛って口先だけで唱えても本当に空虚ですよね。



具体的でないと。



キリストは、決して口先だけではない!!



いたれりつくせりで完璧に具体的に私の人生をプロデュースしてくださっている。



だから、私も、



愛だ愛だと唱えるだけではなく、



具体的に、



丁寧に、



心をこめて、



行動していきたいですね。




何が出来るんだろう!!



イエス様教えてください。


普通、人は自分のために生きます。


自分の幸せのために。


そして、自分の力で生活を成り立たせようとします。



でも、クリスチャンは180度違う。



まず、自分の生活を成り立たせてくださるのは、キリスト。


だから、損得抜きにして、効率性も度返しして、


愛に生きることができます。




必ずユニークな働きが出来るはず。。


こんなライフスタイルって、稚拙な言葉では言い表せないけど、



相当ユニークで面白いと思うんですけどね。



でも、今もこんな文章書いてて、



ふと、損得考えずになんて、ほんとに大丈夫!?



なんて頭をよぎるんですね。



所詮人間なんですね。キリストではない。



でも、大丈夫です。


キリストは私に立てている計画は全て成し遂げられると約束してくださっていますから。




だから始めていきます。少しづつ、小さく。




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週末ですから、、これからの時代の「弱さ」について考えませんか?植松聖さんって時代遅れですよ!

を先週金曜日に投稿致しまして、大反響!!


といきたかったんですが、今のところあまり反応がありません。


人間の歴史は「弱さ」を克服しようという歴史だったのかもしれません。


アドルフ・ヒトラーは、


人の価値を「優秀さ」に見出そうとしたいわゆる「優生思想」の名のもとに、


ドイツ民族を遺伝的に進化させるために障害者は「生きるに値しない」として、抹殺していきました。


植松聖さんは、自分にヒトラーの思想が下りてきたと語ったと言われています。(ハフィントンポスト記事参照


そして、


「ずっと車いすに縛られて暮らすことが幸せなのか。周りを不幸にする。最近急にそう思うようになった」



とも話しています。



健常者にとって、障害者と接することは必ずしも快適なことではありません。



自分とはペースが違う人に対して、どうしてもいらついてしまうものです。



やまゆり園で働いていた植松さんも、このような思いを何度となく経験したのだろうことは、



容易に推察できます。



だから、私も植松さんを決して裁くことは出来ないのではないかと思うわけです。



わたしにも、優生思想を生み出しかねない兆候は決してないとはいえないのです。




優生思想につっぱしったヒトラーは、



自殺しました。そして、



彼の率いたナチス政権は戦争に敗れ消滅。



ナチス政権下にあったドイツは荒廃し傷つけられ、今でも過去の呪縛に引きずられている部分があります。



私たちは、ナチスを反面教師としなくてはならないのではないでしょうか。



合理性を追求する先に何があるのか?


利便性の行きつく先に何があるのか?


優秀さがもたらすものとは一体何なのか?



私は思います。


障害者こそ、平和の番人なのではないか?



健常者はついつい力任せに利便性を追求しがちです。



そして、利便性のないものに価値を感じなくなくなってしまう。



切り捨てが始まる。



しかし、そのような社会はどうなるのか?


ナチスの運命がそれを明らかにしてくれています。


そんな健常者の暴走を、障害者の皆さんの存在が歯止めをかけてくれるのではないか?


障害者の皆さんの生き様を通して、大事なものを気づかせてくれるのではないか?


障害者の皆さんを通して、幸せとは何のかを気づくことが出来るのではないか?



障害者の皆さんの存在価値はここにあるのではないかと。



聖書のテモテへの手紙第一4章4節には、

神の造られたものは、みな良いものであって、感謝して受けるなら、何ひとつ捨てるべきものはない。



健常者には健常者の役割があるでしょう。そして障害者にも大事な役割があることを



忘れてはいけないと思います。


今、日本は高齢化社会にすでに突入しています。


高齢者の方々も障害者の皆さん同様、利便性や合理性の犠牲になりかねない立場かもしれません。


でも裏を返せば、



大事なことに気づきやすい世の中になってきているんです。



そして、障害者や高齢者に益々チャンスが訪れる時代になっていくのではないか?



と感じています。知りたい方は、



週末ですから、、これからの時代の「弱さ」について考えませんか?植松聖さんって時代遅れですよ!



をご覧ください。


それでは、ちゃお!

参照:
メンタルのサプリ
http://good--influence.blog.so-net.ne.jp/2016-07-29
いこいのみぎわ
http://blog.goo.ne.jp/fukuoka_ohori/e/0912465c00151f8ab39ea31454056989



alegria


昨日は、19人の命が奪われたあの相模原殺傷事件からちょうど半年でした。。。



この事件のことを報道で知ったときの感覚をいま思い出そうとしてるんですが、



あまり覚えてないんですね。。



なんか私は酷い人間かもしれません。




もしかしたら、自分はクリスチャンだからっていうのもあるかもしれません。



所詮人間なんて罪びとだから、みたいな。。。



こういう事件のときに、




結構、冷静に受け止められる気がします。



あの事件のときも、そういう気持ちだったのかもしれません。




ところで、



時代は、



AI(人工知能)時代に突入しようとしていますね。。。




すいません。突然。




何がいいたいのかといえば、



AI時代って、



これまでの価値観が180度変わるかもしれないぐらいのことだと思ってるんです。



だから壮大な話をさせてください。






封建時代の息苦しさから、




そして軌を一にするように、




科学が発達して、




人々は今までの慣習を捨て去り、




何事も合理的に考えるようになり、




全て人間が理解出来るものによって、判断していくようになりました。。




何事も目に見えるもの、


そして合理的に理解出来るもののみを信じる世界ですね。



ようは、頭のいい人、知能指数の高い人にとっては有利な時代になったってことですね。




こういう人たちが考える世の中ってのは、そりゃ便利で効率的なんですね。



よく考えれば、



今、私たちの周りにある家電製品なんて、殆どこの考えによって生み出されてきたものです。




そしていきついたのが、AIですね。



効率性や利便性という視点からみたら、まさに究極に到達しつつあるわけです。





そして、



とうとう、AIの効率性は人間の効率性を凌駕し始めました。




お気づきの方もおられると思いますが、



ここがポイントなんですよね。



だから今まで求められてきた合理的思考はAIにとって代わられる。


今まで価値があった、知能指数は相対的に価値が下がっていきます。


じゃあ、これからの価値ってなんなんだろうって考えるわけです。



今まであまり価値があるとは思われなかったものの価値が上がっていきますよ。




それは、弱さだと思うんですよね。



そういう意味で、弱さの塊ともいえる障害者の方にとっては面白い時代になっていく気がしますね。



弱さの時代の到来です。



星野富弘さんのことはご存知の方も多いと思います。



もともと体育の先生だった星野さんはクラブ活動の指導中に鉄棒から落下したことが原因で、


手足が不自由になりました。




それはそれは、大変だったと思います。


まさに効率優先社会からは脱落してしまいました。



しかし、星野さん。



口に筆を加えて絵を描くようになりました。



現代社会に適応出来なくなった自分の思い、


様々な葛藤、



でも、そのような状況になったからこそ感じるようになった



窓から見える自然の美しさ。




そんな感情から生まれた絵が、多くの人を感動させています。




小説や芸術は、まさに弱さの賜物だと思うんですよね。




弱さによって生み出される価値が見直されると思いますね。





植松聖さん。容疑者とは呼びたくないんですね。




私も同じ罪人だから。



でも、彼の行った行為は、10年後、20年後には今よりもっと愚行だったと言われているような気がします。





このブログではこれからますます「弱さ」をクローズアップしていきますよ。



面白い時代になりそうですね。


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10年後に消えている会社/生き残っている会社


。。。。。。こういう記事をよく見かけるようになりました。



巷の本屋さんに時々行きますが、



キャリアアップ、とかライフハック的な本はところ狭しと並んでいます。


これは決して今に始まったことではありませんが、。




最近はAIとかっていう人工知能の発達によって雇用が無くなって行くっていう話よく聞きます。




これは、




自分の人生は自分で切り開いていくとすれば、、




当然ながら、




気になるトピックですね。




自分で生き残るという発想で考えていくと、




今後、成長する分野は何か?そして、



その分野に必要な能力は何か??



という流れで物事を考えていくことになることが多いのではないでしょうか?



そうすると、どうなるかわかりますか??





みんな同じようなことを始めるんですね。。



これが一つ目の落とし穴です。




こうなると、、、競争が生まれるんです。経済用語でよく言われるレッドオーシャン状態です。




競争ですから、当然勝ち負けの世界です。




競争原理というのは、一人しか幸せになりません。ちょっと極端な言い方ですが。



でも、極論ですが、理屈ではこうなります。



一人ではないにしても少なくとも、勝ち組、負け組にはわかれていくでしょう。




競争原理というのは、人間にとって幸せなメカニズムではないのではと考えます。



そして、こういう本を書いている専門家の予想は所詮予想に過ぎない。


という2つ目の落とし穴も待っています。



昨年のイギリスの国民投票やアメリカ大統領選挙では、大方の専門家の予想の逆になりました。



専門家は信じるに値するのでしょうか?人生の重要な選択を彼らの意見に任せていいのでしょうか?




わたしは、クリスチャンでよかったなあと思うことが日に日に増えています。



また、クリスチャンでよかったなあと思ったことで記事書きたいと思います。




クリスチャンは、自分で人生を切り開く必要性はなくなっています。



自分の人生を切り開く、自分よりも遥かに優れた方を知っているからです。



もちろん、イエスキリスト。



この方に自分のすべてをささげる。お任せするのがクリスチャンライフ。




この方は、自分を犠牲にしてまで十字架に掛かり、救ってくださったから。


イエスキリストを別の言葉で言い換えれば、愛だと思います。



金太郎飴のように、キリストのどの部分を切ったとしても愛が出てきます。



そんなこと私ごときのつたない文章で紹介はできませんので、一冊の本を紹介しておきます。


この本、クリスチャンでも結構嫌いな人が多いのも事実です。


ぼくはちょーおすすめなんですが。



著者のリック・ウォレンさんはアメリカの牧師で、2009年のアメリカ大統領就任式で祈りを捧げたことでも有名です。


最近では、息子さんが自殺された経験もお持ちの方です。




この本ほんとにおすすめです。クリスチャンとはなんぞやということがよくわかります。



てなわけで、愛であるキリストにお任せするんですから、


そりゃ、愛がわかるようになります。だんだん自分自身も変わってきます。



まずは、自分を愛せるようになります。



自分の個性を愛するようになります。自分の個性は何なのか?能力はなにか?に意識を向けるようになります。

そして、自分の個性に見合った働きを初めて行きます。


一人ひとり違った個性を大事にして、それを社会に活かす。


そして、、多様性に満ちた世界につながっていくのです。



お互いを大事にして共存する社会になっていく。。


キリストは約束してくださっています。



すべては私のために創られた。無駄な人、ものは何一つない。


そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6章31~33節)


これらのものとは、生きていくことに必要なもの一切です。



キリストにお任せすれば人生は保証されている。ということです。



紹介した、人生を導く5つの目的には、クリスチャンの考え方、生き方が具体的に書かれています。


人生のいろんな局面で役立ちます。


それでは今日はこの辺で!ちゃお!




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神様に従って生きるって、


従うって、



どこか窮屈な感じがしませんか?



従うって、



いいイメージが沸かない言葉ですよね。



何か自分が失われる感じで。



最近の日本でも従うことはあまり重要視されなくなっています。



体育会系でも最近は従うことよりも、自発性を重視してきていますし。




社会でも、言われたことだけをこなす人材よりも、




自分で考えて自発的に行動できることが求められています。



でも、4000年以上の歴史を紡いできた聖書は一貫して、どの時代も、



神様に従うことが人生の最善の道であり、すべてである。



神様にやれと言われたことだけやりなさい。



ということです。



それでは本題に入りましょう。



神様に従うこととは一体どういうことでしょうか?





ズバリ、



信じる



以上です。



何か、めちゃくちゃ大変なことを想像してませんでしたか?



めちゃめちゃ楽なんです。




ほんとにこれだけでいいんですか。




いいんです。



ちなみに、川平慈英さんもクリスチャンですね。wwwww



ほんとに??



はい。



キリストは十字架に掛かって死んでくださったからいいんです。


どういうことかって?



人間は自分の力では、絶対神様に従えないんです。



え、神様に従えっていったばっかじゃん。。



いったばっかです。



人間は神様に従えない。



結局、自分の幸せだけ考えて勝手なことしかできない。



こういう連中はもう死んでもらうしかないんです。ほんとは。




だから、神様は最終手段を使いました。



神様ご自身が救い主(キリスト)となって身代わりになろうと。




キリストの十字架ってこういう意味なんです。




そして、キリストは甦ってくださった。



そして、わたしが、そしてあなたが神様に従えるように助けてくださっているんです。




そう、今も生きて働いてくださっているんです。




キリストはわたしたちの代わりに責任をとって、しかも人生を手助けしてくださっている。



だから、



信じるだけでいいことになります。




どうですか?論理的でしょ?


なぜなら、神様は、あなた達が考えや行動において、神様の御心に従えるように常に活動しておられます。
ピリピ人への手紙2章13節(リビングバイブルポルトガル語版)



神様にあなたを作り変えてもらいなさい。ローマ人への手紙12章2節リビングバイブルポルトガル語版)


だから、信じるだけでよくなりました。



修行は一切必要ありません。



信じるとは、、




至れり尽くせりのイエス様にすべてを任せなさいってことです。




イエスキリストはわたしの最善を知っておられます。もちろんあなたの人生の最善もです。



なぜなら、キリストは愛そのものだからです。


あなたの才能も弱さもすべてご存じで、最も有効に才能を生かせるようにしてくださる。



ということです。


いろいろありますが、、自分の思い通りにいかないこともありますが、すべてキリストの計画のうちですから、



心配ありません。


だからすべてのことに感謝しなさいってことになるんです。




おなか減ったんで今日はこのへんで。。チャオ









 

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