悪と罪の狭間に

世界は辺境から変わる!

ポルトガル語メディアの情報を読んで、気づいたこと、感じたこと、オモシロそうなことをつぶやきます。。そしてクリスチャンの目線で日本国内メディアからは得られない人生を変えるメディアを目指します!!

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カテゴリ: ふと思いついたこと

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レイプ、痴漢への対策として、すでに様々な取り組みがなされています。


しかし、依然として無くなる気配はありません。


殺人事件はニュースの見出しに登場してきますが、


レイプはそこまで取り上げられません。よっぽど有名人が加害者であれば別ですが。



殺人とは、他人を殺めること。


自殺とは、自分を殺めること。


ですから、自殺も殺人とすべきなのです。


そしてある意味、自殺というのは殺人よりもタチが悪い。



なぜなら、加害者自身(自殺者自身)が死んでしまって、加害者自身が罪の自責に駆られることがないからです。


少しキリスト教的にいえば、自分の罪を悔い改めるチャンスすらない。


もちろん、死後どうなるのかわかりません。もしかしたら、死後に何らかのしかるべきチャンスがあるのかもしれませんが、はっきりしません。全くない可能性もあります。



加害者が悔い改めるという、一見あまり意味のあることとは思えない行為は、


実は被害者の家族への慰めにつながります。心からの悔い改めは有益なのです。


ごめんなさい。レイプ、性犯罪についての話なのですが、前置きが長くなりました。



ところで、レイプですが、


これは、精神的な殺人ではないのかと思います。人格の殺人でもいいかもしれません。


人間は物質ではありません。心がある。魂がある。


良いこともできるし、悪いこともできる。



これこそ人間の尊厳だと思います。



レイプというのは、人間の尊厳を無視して、人間をあたかも物質のようにあつかう行為です。



物質として扱われた人は、その人格が破壊されます。



実際、レイプ被害で人格が大きく変わってしまった人はたくさんいます。


レイプによって人格が殺されるのです。



だから、




レイプとは本質的には殺人です。



まずは、レイプは殺人であることを、少なくとも頭の片隅にでも入れていただきたいと思います。


まっ、ちょっとぐらいいっか!なんて軽い気持ちでできるような行為では断じてないわけです。


これが理解できれば、レイプは無くなっていく。。


実はそんな甘いものでは残念ながらありません。



これが人間の本性。人間は不完全です。


いくら頭で理解しても、行動に移すことはなかなかできません。不完全ですから。


こんな不完全な人間はそれでは、一体どうすればいいのでしょうか?


レイプよりも快感なことを見つけること。。だと思います。


性的欲望に優る快感。。ちょっと想像がつきません。


それぐらい欲望というものは強い。



でも、、、、、性的な快感というものは一時的です。続かない。


虚しさだって伴うこともある。


それでは一時的な性的な快感に優るものとは、永続性がある何かでしょうか。


そんなものはあるのでしょうか?


覚せい剤でしょうか?麻薬でしょうか?


いやいや、これも一時的快楽です。


ちょっと思い当たりません。続くもの。永続性のあるもの。。



こんなものがあれば、もうとっくにレイプなんてなくなってるでしょ!!


そうなんです。結局ないんですよ。残念ながら。


じゃあ、諦めるしかない。もう人間にはできないことを認めるしかないんです。



人間には解決できないことを認める。。


でも、これがレイプをしないための第一歩だと思うんです。



欲望に勝てるわけがないんです。人間にはどうしようもない。



だから、神頼みしかないんです。



ここに宗教の存在価値があります。




レイプをしなくてもいい。そのための答え、本当に役に立つ答えを持ち得ない宗教であれば、



無くなればいいんです。それはマガイ物です。



宗教は過去の遺物ではありません。



聖書はいいます。



「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。」



聖書はいいます。


「すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。」



この世界を創造し、人間も作ったのだから、誰よりもこの世界のことを熟知し、人間のことも熟知している。


そしてこの世界を今でもこれからも未来永劫コントロールする。だから、もう全てを神さまにささげなさい。自分の力に頼るのをやめなさい。。死になさい!!



ということです。


クリスチャンになると、バプテスマを受けます。これは水中に少しの時間自分の体を沈める儀式ですけれど、これは死ぬことを表しています。




自分がしんじゃったら、どうやって生きていくの!



大丈夫です。。神様が、イエス・キリスト様が生きてくれます。



自分の中に住んでくださいます。


聖書はいいます。



「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(ガラテヤ2章20節)



これが信じるということです。信じたらキリストが生きてくださる。



信じるとはとてもとても意義深いことなんです。ダメな自分からさよならできるからです。


キリストが代わりに生きてくださるというのは、どういうことになっていくんでしょうか?


聖書はいいます。

「あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない」(イザヤ書43章2節)

 きょうあっても、あすは炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこれほどに装ってくださるのだから、ましてあなたがたに、よくしてくださらないわけがありましょうか。信仰の薄い人たち。


 「
そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。


こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。


だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
 


ここまでかかれると、にわかに信じがたくなっちゃいますよね。。実際、私も、火の中を歩いたことがないのでわかりませんが、、


でも、キリストが生きてくださる人生はまあ、それはそれは気持ちいいですよ。

必要なものはくださるし、、

この快感を味わうしか、解決の道はないと思いますけどね〜。


もし、これ以外の答えを提示できないのであれば、信じるべきです。

科学の力でレイプを無くせるのであれば是非教えてください。





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前回 の投稿に凄すぎるほど反響がないけど、続きを書きます。



まあ、こんな制度にしたら、世界からは大反響間違いないでしょう。


多数決に基づき当選落選を決める選挙を廃止して、選挙の得票率に応じて、税金を割り振るための選挙に変更します。

でもちょっと極端すぎるのかなとも思いますね。


でもでも、極端すぎないと大反響は起きません。


金正恩だって、極端だから世界中で知られている。


この前、ガイドのお客さんが、世界の三大聖人知ってる?


って言うんですよ。誰ですか?って聞いたら、


トランプ(大統領)

と金正恩と、ボルソナロ(ブラジル大統領)だよ。


って皮肉るんですから。。。地球の裏側のブラジルの方々にもしっかり伝わってるんだから。



とにかく、この制度は極端。。だって死に票がなくなる。

社会福祉と年金と教育は地方に権限を全面移管。そして、それぞれの地方でこれら3つに特化した選挙を地方レベルで行う。。


選挙では、自分が最も受けたいそれぞれ(社会福祉、年金、教育)のサービスを掲げる立候補者に


投票して、それぞれその投票した立候補者からサービスを享受する。



この選挙は自分のサービス提供先を選ぶ選挙。それは提供先を多数決で一つに決めるのではなく、原則、自分の投票した立候補者がサービス提供元になります。それぞれの立候補者は、その得票率に応じて予算が配分され、自分に投票してくれた有権者に対して、それぞれ選挙で訴えたサービスを提供する。


有権者はサービスを受けるために立候補者から特定されなければなりません。。だから、記名投票にする。ちょっと記名投票は露骨かもしれないから、有権者に対して、番号を付与するのがいいかもしれません。そしたら紐付けできます。



年金や社会福祉は、あまり思想的要素は少ないから、昔の治安維持法なんかで思想犯的にみなされることはない。だから有権者を番号で特定しても問題はないのではないでしょうか。教育はちょっと思想的要素と関わるかもしれないから、それなら教育は外せば良い。


これで、すべての有権者は自分に合った福祉サービスを享受出来ます。


如何でしょうか?



なぜ極端なまでのインパクトが必要なのか。



それは、外国人の皆さんに日本に来ていただきたいから。これは訪日外国人観光客ではなく、日本で居住してくださる外国人を指します。


そして、日本に住んでくださる外国人にもこの新選挙の参政権を付与します。



今、労働力を補完するために外国人を呼び込もうとしていますが、

私は、違った意味で外国人の方々に住んで欲しいと思うんです。



それは日本を変えて欲しいんです。日本人に刺激を与えてほしい。




この国は歴史的に見て、何か自分で新しいものを生み出すことが苦手です。


日本が大きな変革を実現できたのは、

6世紀の仏教伝来、15世紀の鉄砲伝来、19世紀の黒船、そして太平洋戦争の敗北です。



すべて外圧です。。



日本は湯の中のカエル状態です。じわじわ弱っています。でもじわじわだから自覚症状がない。




でも自殺者が年間2万人、自殺未遂者は50万人にもおよぶと言われています。不完全なサンプリング調査での中高年引きこもりの数はおよそ60万人。



今、ブラジルでは年間殺人事件発生件数が7万件以上という危機的状況と言われていますが、僕はブラジルのほうがマシなのではと思ってしまいます。



外国人が来たら日本の文化が損なわれるのではないか。。でもこんな状況をもたらした日本文化は変わったほうが良い。へんなプライドによって現状維持のまま座して死を待つのでしょうか?






















 

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投票率が低いですね。。国政選挙でも50%前後ですか。


投票率が低い原因は、政治にリアリティーがないからです。


実生活を送るうえにおいて、政権がどこであろうがあまり変わらない。あまり影響がないから。



結局政治は役に立たない。。と思ってる方が多いからだと思います。



こんな政治なら無くなったほうがいい。もう投票率が50%を切ったら、その選挙自体無効にしたほうがいい。



まず、一人一人の価値観が多様化した現代社会に、今の政治体制は合っていないと思います。


そこで、




地方分権をして、社会福祉、年金、教育は地方に全面移管する。



それ以外については従前どおり中央政府が担当する。


やはり、これらの分野は、個々の生活に密接に関連している分野ですから、きめ細かな対応のためにも、国よりも地方に権限を移したほうがいいと思います。



そこで、選挙の話に移ります。


そして、社会福祉や年金、教育のみに特化した地方選挙を行います。。


そしてそして、ここからが非常に大事です。


この特化した選挙は、多数決に基づき当選落選を決める選挙を廃止して、選挙の得票率に応じて、税金を割り振るための選挙に変更します。


被選挙人(立候補者)は獲得得票率に応じて、税金を獲得して、自分に投票した有権者に対して行政サービスを行うことが出来るようにします。


こうなると、有権者は自分の支持する被選挙人の政策の恩恵を必ず享受できるようになります。

そして有権者のいわゆる死票はなくなり、自分の投票行動が、ダイレクトに実生活に反映されます。



こうなると、投票は記名投票にしなければなりません。さらに投票を郵送で行ったり、電子投票にて行うことも可能にすることにします。


これだけの高齢化社会になって、投票所に足を運ぶのも難しくなる方が今後増々増えるからです。



まあ、これは、国政選挙では、難しいですね。


これはさておきまして、


こうすると、恐らく、日本の国際的注目度が高まります。


これが物凄くかけがえのないことなんだと思いますよ。



世界初の試みとして、日本への評価は上がることになるでしょう。



そして、、この続きは、、こんどね!!

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ワークショップという言葉よく聞きませんか?


これ、日本語に訳すと


「体験型講座」「自主的に参加する研修」になるんですけど、




なんで敢えて、ワークショップを使うんでしょうか?



どうも「体験型講座」だとか、「研修」だと、おカタい感じに聞こえるらしいんですね。



ちょっとゆるい、リラックスできる、楽しい体験型講座に該当する言葉って日本語にないんですかね?





ちょっと、日本人として、嫌なんです。なんでもかんでも英語は。



でも、楽しい言葉って結構、外来語が多いんですよ。



パーティー、フェスタ、コンサート、んっ、遊園地は日本語やな。



でも、これも日に日にテーマパークに置き換わりつつある。喫茶店もカフェに。




明治の人たちは、文明開化によって多くの外来語が突然増えた時、それを一生懸命日本語に置きかえって行った。多分、遊園地も喫茶店もそうなんだろう。




日本人としての矜持というものだろうか。



それが、太平洋戦争でのあまりにもひどいボロ負けによって、矜持も失われたんだろう。



日本は神国だから負けるわけがないと信じて疑わなかったのに、あっさりと負けてしまった。


日本人としての誇り、日本の歴史や伝統に対する信頼が音を立てて崩れ去ったのだ。



もはや、日本語に置換するという作業への意欲が失われ、外来語をなし崩し的にそのまま受け入れ始めることになった。


「文化に優劣はない」と言われることもある。だが、これは綺麗ごとだと思う。

言霊という言葉がある。



言葉は命なのだ。



日本語の言葉を捨て、英語をそのまま受け入れるとは、無意識のうちに、アメリカ文化への敗北を認めていることから来ているのではないか。


日本文化の敗北なのだ。

実は文化には優劣がある。


これは、現代日本人の無意識の行動の中に証明されているのではないか。


文化は命であるともいう。そうなのであれば、文化が日常生活の中から滲み出されていなければならない。しかし、私たちが使う生きた言葉から日本語が徐々に失われて来ているのは、日本文化が徐々に消え去りつつあるのではないか。


いやいや、日本は古来、外国の文化を吸収しそれを日本に合うようにアレンジする能力がある。これこそ日本文化の特徴だ。と考える方もいると思う。


そう見えるかもしれない。でも、日本は決して適応しようとはしてこなかった。自分たちの都合のいいように解釈し、若しくは受け入れ可能なものだけ取り入れただけなのではないか。神仏習合などはそれは最たるものだと思う。



これは適応とは違う。


異質のものは頑なに受け入れてこようとしなかった日本文化。それが敗北したのだ。


太平洋戦争の敗北によって。

偏りのある日本文化の敗北なのだ。


日本文化は偏りがある。



だいたい、ワークショップの概念を表す言葉が日本語がないのだから。








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前回の投稿  で仕事について書かせて頂きました。


まあ反応なさすぎですが、感謝して書き続けます!!

そうそう、お金は、幸せの絶対条件ではない。という話。


幸せに必要だけど、絶対ではない。う〜ん、必要と絶対の何が違うねん!?


たしかに。



絶対って、お金が全て。って感じです。お金さえあれば良し。みたいな。



必要っていうのは、幸せへの要素の一つであるという感じです。でも他の要素も必要でしょうということ。





そう、ところで、


働かざるもの、食うべからず。ってよく言いますよね。



これは、聖書の言葉です。ご存知だと思いますが。念のため。


一見すると、厳しいのかもしれません。が、



そうではないんじゃないかな。というお話です。。



働かない人は、食べなるな!ですからね。厳しい言い方なんですけど、


でも、これは、働く人は食べていいんです。


働く人ですよ。働けばいいんです。



ちょっと、考えてみてください。




この日本社会って、働く人は食べていい世界でしょうかね。。




違うでしょう!!


この日本社会って、



稼がざる者、食うべからずでしょ!!



結果を出さなければ、食べてはダメ!!な社会じゃないでしょうか?




でも、聖書は、働かざる者、食うべからずなんですね。



働けばいいんです。。。でも、



ちょっと、おかしいですね。結果は大事ですよ。結局結果がないと食べられないですよね。



結果こそ全てじゃないですか〜!




働かざる者、食うべからずって、どういうこと!?



それは、、



与えなさい、そうすれば与えられます。(ルカ6章28節、じゃなかった、38節)




働きなさい、そうすれば、結果は与えられます。



っていうことですよ。。こう解釈しても問題ないと思います。



与えなさいは、働きなさいだけではもちろんありません。字句通り、だれかに何か提供する。プレゼントする。でも構わないですね。ここには他にもいろいろと言い換え得られることがあると思います。



だって、ダビデ王もこう告白していました。




主は、私の羊飼い。と。。



主(神さま)は面倒を見てくださる。と言うことです。。



だから、結果は大丈夫。保証されてるんです。



えっ、でも私たち人間が羊のような者なら、働かなくてもいいんじゃない。羊って働いてないでしょ!




これは人間としての尊厳を尊重しておられるんだと思ってます。



人間は働くことによって、充実感が得られますよね。



神さまは、こういう人間の気持ちにも配慮くださってるんですね。羊とはちがうんですよ。




でも羊飼いが羊を養うように、ちゃんと結果は保証してくださるんです。




でもでも、そこで、、仕事自体与えられてない人がゴマンとおるで!!\?



神さまは、仕事を通して必要なものを与えてくださるんでしょ!?



まず神さまを信じてみてください。



だいたい、神さまはこれを人間に一番して欲しいんです。なによりも。。




勧誘(伝道)しちゃっとるやん。これはいやなんだけど。。




だってこういう私だって、ちゃんと生活できてますよ!



私は正社員じゃありません。



旅行ガイド、その他通訳、翻訳業、、



そして、海洋散骨事業もやってます。



だからこうやってブログも書けるんです。



神さまは一人一人にふさわしい仕事を与えてくださると信じています。




いやいや、まだまだ、



どうしても働けへん人おるで。障害者の方とか。


星野富弘さんをみてくださいよ。。



役割がない人は1人もいないと思います。
 


精神的に病んでおられる方々だって働ける場は必ずあると思います。



草間彌生さんを見てくださいよ。




アートの分野は、本当に今の日本に必要だと思うんですよね。そもそも日本人は感性がありますから。




だから、時々私も、アートに関する投稿してるんですよ。 

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