悪と罪の狭間に

世界は辺境から変わる!

ポルトガル語メディアの情報を読んで、気づいたこと、感じたこと、オモシロそうなことをつぶやきます。。そしてクリスチャンの目線で日本国内メディアからは得られない人生を変えるメディアを目指します!!

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カテゴリ: にっぽん

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 ブラジル大手経済専門紙ヴァロール・エコノミコは、最近の日本経済の動向を注視しています。ここ数日の円高、昨年10~12月のGDP年率換算-1.4%のニュースは共に国際面で大きく取り上げていて、円高によって、アベノミクスが目指すインフレ目標2%の達成を見ることなく安倍政権は終わるのではないかとの英フィナンシャルタイムズの分析を掲載しています。GDPのマイナス成長については淡々と事実を伝えています。その他、中国の貿易統計の1月対前年比11.2%減少のニュース、経済専門紙とはいえ、ジカ熱関連ニュースを多く伝えているところからも、経済にも暗い影を落としていることが感じられます。

 アメリカ・ウォールストリートジャーナル、英フィナンシャル・タイムズでも日本のGDPマイナス成長のニュースを大きく取り上げています。

そんな中、ヴァロール・エコノミコは、ぺルーの2015年GDPは予想を上回る3.26%の成長を記録したことを伝えています。国際マーケット関連はネガティブなニュースが多い中、一際目立つ形となりました。鉱物資源関連が9.27%プラスになったことが主な要因ですが、国内小売りも3.88%の伸びを示しており、バランスのとれた経済発展をしつつあり今後注目していきたいと思います。

引用:ヴァロール・エコノミコ


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 昨年9月に可決成立した安保法制では改憲派と護憲派の間に大きな溝が生じました。改憲派は右、護憲派は左と言われますが、既に日本では左翼と右翼って、はっきり言ってもうどうでもいいことなのかも知れません。もうどの政治家も左翼的なところもあれば、右翼的なところもあります。これ、国によっても右翼、左翼の定義は変わってくるのですが、日本の場合にあてはめて考えていきたいと思います。。

 まず右翼のことを保守、左翼のことを革新とかいいます。。保守というと何かを守るイメージがありますね。何を守るかと言えば、昔からの価値観を守るということになります。革新というのは、新しいことをやろうというイメージがありますね。

保守は、人間にとって大事なもの普遍的である。と信じることです。

革新は、人間はどんどん進歩出来るから人間にとって大事な価値も変わっていくと信じること。

と理解して下さい。 ここで気づいた人もおられると思いますが、、どちらもそれぞれの考え方を「信じている」というポイントが重要です。。人間は気づく気づかないに関わらず、何かを必ず信じています。いや、ぼくは何も信じない、ちゃんと論理的に証明されなければと言う人もいるかもしれませんが、この人は論理の力を信じています。
いやいや、何も信じないと言う人もおられます。でもこの人は世の中何も信じるられるものはないということを信じていますね。。笑い話みたいになってきました。。だから保守を信じる人、革新を信じる人はどういう考え方になっていくかというと。

保守の場合、日本は伝統的に天皇中心に国が成り立ってきたから、これからも天皇のために一致団結して国を守っていこう。国が危機の時には命がけで国を守るために闘おう。という論理です。。

革新は、人間1人1人自分の人生を生きる権利がある。国のためではなくて1人1人自分のために生きるほうがいいという考え方です。

はっきりいって、どちらもそれなりに信じるところに従って筋は通っています。だから互いに議論してもどちらもそれなりに正しいからどこまでも平行線になってしまうという訳です。

聖書ローマ人への手紙1章17節には

その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。(新改訳)

そして、コリント人への手紙第一2章14節には、

クリスチャンでない人は聖霊様が教えて下さる神さまの思いを理解する事も、受け入れることも出来ません。。(リビングバイブル)
 クリスチャンとはイエスキリストを信じる人のことです。。信じる人にしか理解できないなんて、都合がよすぎるなんて思うかもしれませんが、私達の住む日常生活も信じることから始まっていることばかりなんですよね。

 世の中、信じないと理解に進まないんです。

 

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北朝鮮の外交は決して理解出来ないものではありません。

まず北朝鮮は韓国と停戦状態にあります。
その韓国は米国とは米韓軍事同盟を結び、有事の際は韓国軍は米軍の傘下に入り戦闘します。
米軍が戦ってくれるわけです。

かたや、北朝鮮はロシアとは露朝友好善隣協力条約を結んでいますが、軍事同盟ではありません。中国とは中朝友好協力相互援助条約という軍事同盟を結んでいますが、アメリカと中国の軍事力の差を考えれば不十分です。そして中国は韓国との経済関係を深めています。こうした背景を考慮すれば、北朝鮮の核武装は常軌を逸したものではないと言えると思います。

日本も日米安全保障条約という軍事同盟があり事実上核の傘に守られている訳です。人の事をとやかく言うのはおかしいのではと思います。

大きく横たわる拉致問題

日本と北朝鮮の間には拉致問題があります。拉致は決して肯定出来るものではありませんが、北朝鮮は停戦中ではあるものの戦争状態にあるということを考慮しなければならないと思います。戦争とはルールなきスポーツのようなものです。何でもありなんです。平和な国日本から見れば、拉致など考えられないのはよくわかりますが、戦争状態という緊急事態下にある国の常識は平和な国の常識とは違うという認識を持てば、拉致も少しは理解出来るのではと思います。

一国家として北朝鮮の外交政策は全然まともな国だと思うんです。ただ、北朝鮮の内政には日本では考えられない問題があると思います。。ただ拉致問題は互いの外交問題ですから、北朝鮮国内の抑圧や弾圧などに振りまわされ、常軌を逸したならず者国家みたいな偏見は捨てたほうがいいと思います。問題は北朝鮮が戦争状態にあって日本が平和国家であるという違いを直すことが重要な気がします。。なんとか朝鮮戦争を終結させることでようやく交渉が始まるのではないかと考えます。。

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 福島の原発事故による放射能汚染は本当に大丈夫なんでしょうか。飯山一郎さんによると北米でも放射能の数値が上がってきているらしいんです。原発事故が発生したから大きくクローズアップされた原発問題を整理したいと思います。

  • 原発賛成派のポイント
原子力には事故のリスクがあるが、原子力発電がなくなれば私達は別のリスクに直面する。それはエネルギー安全保障、不安定な電気料金、二酸化炭素排出量増による気候変動だ。(国際環境技術研究所所長 山本隆三氏)


<使用済み核燃料処分について>長期間にわたって安定している地層の中に高レベル放射性廃棄物を定置・埋設することによって、人間と接近可能な生物圏から「隔離」することが地層処分の本質なのだ。最終的には地下水などに放射性物質が溶け込んで自然界に放出されることがあっても、当該放出される量が、自然界に存在する放射線量との相対的な比較などの基準で十分安全だと評価される程度に抑えられるよう、廃棄物のパッケージングの工夫や地層の選定を行うこととする、という考え方である。・・・1億年は動いていない地層は日本には多くあり、火山や活断層も避けることは段階的調査を行う中で可能となる(国際環境技術研究所前所長 澤昭裕氏)

  • 原発反対派のポイント
    • 日本は地震大国、大地震が起きたら原発の安全性が確保できない
    • 家も職場も学校も生活環境の全てを失ってしまう可能性がある
    • 事故の際は電力会社の事故処理・除染費用、損害賠償金の支払い負担が大きい
    • 使用済み核燃料の廃棄・保管問題が解決していない
    • 火力発電をフル稼働させれば電力の供給は十分
    • 原発の寿命が来た時の廃炉費用が莫大になる
 如何ですか?どちらもそれぞれ理解は出来ます。それぞれそれなりに筋は通っているから議論しても互いに譲らない。だから平行線になってしまうことになります。じゃあどうするかというと、民主主義社会では多数決によって決め、全体主義、独裁体制社会では指導者が決定することになります。それぞれ筋は通っているのにどちらかは諦めなければならないという不都合な現実に直面することになります。

 人にはそれぞれ意見がありますが、これはそれぞれの信念によるものであるということではないでしょうか?そして信念の上で議論をしているということです。

 相撲取りは同じ土俵に上がって初めて勝負出来、決着がつきます。信念とは土俵と同じようなものです。だから同じ信念を持つ時初めて、議論は成り立つことになります。原発反対派、賛成派という互いに違う土俵の上に立っているから決着がつかないのではないでしょうか?

 こういうことってクリスチャンである私にはすごいよくわかることなんですよ。コリント人への手紙第一2章14節に、
クリスチャンでない人は聖霊様が教えて下さる神さまの思いを理解する事も、受け入れることも出来ません。。
クリスチャンとは、イエスキリストを信じる人ですが、この文章をまとめると、信じないとわからないよ!ということだと思います。なんか聖書って都合良すぎないか?って感じてしまいますが、実は世の中も同じなんですね。物事ってまず信じることから始まる。そして何を信じるかによっても大きく変わることになります。

 論理は道具です。銃は狩猟などには実に便利ですが、使う人によっては人殺しの道具になってします。論理も道具です。使う人の信念によって良くもなり、悪くもなります。。論理は絶対ではありません。それよりも何を信じるかが重要です。

私の恩師の著作です。


引用:国際環境経済研究所 http://ieei.or.jp/
日本の愉快な仲間たち https://japanandworld.net/archives/1465

最近、ブログのレイアウトに集中しておりましたので、遅かりしですが、、
まだお元気だった2012年3月に当時私が住んでいた大阪府堺市にお見えになった時に、
投稿された竹田さんのツイートに、思わず返信したのですが、、

そしたら、こんな投稿をしてくださいました。。(たくさんのフォロワーがいる竹田さんですから、私に対してではないかもしれませんが、)。だって私が投稿した1分後ですからね。。



とてもうれしかったことを覚えています。。この日にはこんなツイートも、、



とってもおちゃめでしっかりその瞬間を楽しんでらっしゃる御様子が手に取るようにわかります。。。ツイート繋がり記念で、、竹田圭吾さん関連本大特集です。

そして、このニューズウィークの追悼記事も是非お読みください。

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