
福音派といったら、どんなイメージをお持ちでしょうか?
原理主義者などとも言われ、
科学が高度に発達した現代においても聖書を全て信じ、
中絶反対や反同性愛などを強調し、融通の利かない人たち
というイメージがあるように思います。
そして、アメリカではオバマケアを頑なに拒否するティーパーティー運動を思い起こす方も多いと思います。
4 things Chiristians Need to Watch for in President Trump's First 100 Days.
という記事がありました。この記事はDrew Griffin という福音派(と思われる)の牧師によって書かれました。
彼が牧師として働いているCROSS CHURCH NYCのサイトも見てみましたが、間違いなく福音派だと思います。
まず、彼は昨年の大統領選挙では、福音派の大多数がトランプに投票したものの、クリスチャンの間でも賛否両論があったことは事実であった。と振り返っています。
続いて、
最高裁判所の判事、オバマケア、TPPそして最後は分断されているアメリカ社会という4つのトピックについての見解を述べていきます。
最高裁判所の判事を長年務めたAntonin Scaliaという人が亡くなったことに伴い新しい判事が任命されるのですが、このScalia判事は中絶容認派であったことでも知られ、今度は福音派にとってふさわしい人を任命できるようにとしています。
オバマケアについては、無保険者に加入の道を開かれた点が評価されているが、保険料の高騰などの問題もあると指摘し、トランプ大統領によって改変されるであろうとしています。
TPPについては、アジア太平洋地域の貿易拡大と安定に寄与するものだが、トランプ大統領によって脱退することになるだろうとしています。
そして、分断されたアメリカ社会の状況になかで、トランプ大統領がある特定の人々に移民を制限したり、メキシコ国境に壁を作ることを主張していると事実を淡々と述べています。
これからもわかるように、彼の考え方に賛成出来る点もあり、また反対する点もあるようで、福音派の複雑な心境が垣間見えます。
そして最後にこう締めくくります。
イスラエルを繁栄に導いたソロモンがその統治の初めに、「あなたの民を治めるために分別をしもべにお与えください。」と祈った。
とし、私たちが求めているのは王(トランプ大統領)ではなく、王の王であって平和の君であるキリストが創られる世界を共に見る機会が与えられている。
と締めくくっています。
実際のところ、トランプ大統領に期待しているのではなく、キリストに期待していることがわかります。
そして、トランプ大統領大統領がソロモンのように、キリストの前に「しもべ」となって職務に携わることを期待しています。
こういう感覚わかりますか?
この辺りは理解不能でしょう。
少し話は変わりますが、
この前、TBS系の報道特集で、臨床宗教士について特集していました。
医学では、死に対する恐怖を治療することは出来ない。この部分が宗教の役割ではないか?
とある臨床宗教士の方がおっしゃっていました。
科学が発達した現代社会でも、科学ではどうしようも出来ない領域は間違いなくあるのではないでしょうか?
福音派のクリスチャンは政治の世界も同じように科学ではどうしようも出来ないのではないかと考えます。
なぜなら、政治は聖職だからです。
ほうっておけば、やりたい放題をはじめ暴走してしまう人間の欲望は強制的にでも抑えなければならない。
その役割こそ政治だからです。政治の敵は欲望です。
だから政治は聖職なのではないかということです。
でも、その政治に関わるものも残念ながら欲望を抱えている人間です。
この絶望的な課題を解決できるのでは、神様しかいない。キリストしかいない。
となるわけです。
だから政治関わるものは、神の前にへりくだらなければならない。これこそ絶対条件である。
これが福音派の考え方です。
だから、
福音派のクリスチャンによって建国されたアメリカ合衆国では、大統領の就任式には聖書に手を置き宣誓することが
ですから、アメリカ大統領にはクリスチャンであることが求められるということです。
でもこう考えると、クリスチャンとりわけ福音派の考え方もあながち、頓珍漢ではないと感じて頂けるのではないでしょうか?
人間が生み出した科学、英知でもどうしようもない領域があるのではないでしょうか?
この部分の理解って重要だと思うんです。そして世界を理解する上では不可欠な見方です。
それでは、チャオ!